知り合い以上友達未満
ルイーダの酒場は今日も大勢の人でにぎわっている。
新しい仲間との出会いを求める旅人も、上質の酒と食事を求める人も、グランプリに選ばれた宿を訪れる旅行者も。
目的も様々なら、人々の姿も表情も悲喜こもごもと様々。
ルインはそれを眺めているだけで楽しかったし、そうでなくてもリッカのいる宿は好きだった。
「ルイン、おかえりなさい!」
「うん、リッカ、ただいま」
出迎えられて思わず顔が緩む。旅の疲れが混んでいるガトゥーザをはじめとする仲間達は、ひとこと挨拶を述べるとおのおの用事や休息のために散っていった。
いつも通り、カフェオレを待つ間。落ち着く場所。カウンターの端っこの席にちょこんとつく。
ここは酒場でも一番の端で、たいした苦労もなく店の全体が見渡せる。ルインの特等席だった。
「その隣」
カウンター内でグラスを磨いていたルイーダが、ふいに声をかけてきた。
ルインは目を上げて続きを待つ。
「その隣も、ある人の特等席なのよ」
「ふうん、変わってるんだね」
端ではなく、あえてひとつ隣というのが不思議だ。
ルイーダはおかしそうに笑う。あなたに変わってると言われたら、よっぽど変人みたいね、と。
「その人が言うには、端っこが好きなひとに譲ってるんですって。誰かさんみたいな、ね」
「……へえ」
見習わないとなあ。と思う。やがて運ばれてきたカフェオレに口を付け、まったりとくつろぐ。旅から帰ったルインは、いつも3杯はお代わりして、ここでだらだらと過ごすのだ。
「隣をいいかい?」
声にはっとなって背筋が伸びた。顔を向けると長い金髪の男がにっこりと微笑みかけてきた。
(あー、綺麗だけど変な人だ)
「いいよ」
答えながら、そういえば彼とは何度か酒場で、城下でも、そしてこの席でも顔を合わせたなと思い出した。
名前も知らない、顔見知り。うん、顔見知りだ。
「また会ったね。金の瞳が美しい君」
「うんそうだね」
普通にこんな事を言われたら、誰だってぎょっとするんだろうなとルインも思う。
でも彼はそう言う人であるとすでに認識しているし、ルインはもともとその程度で動じはしない。
「この席はあなたの特等席?」
「特等席…と言うのかな?ただこの席がボクを求めてやまず、惹きつけられてしまうことは確かかな」
なんかいちいち話が長くなる。これももうわかっていることだが。
陶然と語っていたかと思えば、ルインに目を向けて、穏やかに微笑みが向けられる。
「隣に君もいることだしね」
(ボクってなんかしたっけ)
その熱い眼差しを不思議に思い見つめ返しながら、ルインは首を傾げる。
ただ、この金髪の彼が「端っこ隣の特等席の人」であることは確かであるらしい。
ルインはそう思い当たって口を開く。
「あなたを見直したよ」
「そうかい、そうなのかい?どんどん見惚れてもらって構わないよ!ボクの愛はみんなのものだからね!」
ひとことも見惚れたとは言っていないが。とたん上機嫌になったのでまあ言葉は通じていると思う。
と、彼の頼んだシェリー酒が運ばれてきた。そういえばもう夕刻だ。
ワイングラスに注がれた液体は透き通って綺麗だ。
お酒のおいしさがまだよくわからないルインだが、色合いはどれを見ても楽しそうで、おいしそうだと思う。
彼がグラスを持ってルインに掲げる。その仕草はとても様になっていて、さすが美形。絵になる。
「君の瞳に乾杯」
(目に乾杯したら間違いなく沁みると思う)
何らかの意図のある決めぜりふである、ということはルインも何となくだが知っている。
だがまあ感動はしない。なんか感心はしてしまうが。
それからはいつも通り、とりとめのない話をする。
話が途切れて無言の時間も訪れるが、とくに何の違和感も居心地の悪さもなく過ぎていく。
ルインは今日は、いままでとは違った気持ちで隣の男を観察するように見ていた。
端の席を「誰かのため」と開けておける、変な人だとばかり思っていた、名前も知らない男を。
「……あなたの姿はとても綺麗だと思う」
ルインは唐突に、彼の瞳をのぞき込んで告げた。
一瞬きょとん、とした彼は、すぐに照れもせず髪をかき上げうっとりとしたように朗々と語り出した。
「ああ!なんて罪な!ボクの金星のような煌めきはこんないたいけな眼差しも炎のように灼き尽くしてしまった!」
「燃えてないよ」
「そうとも。君の目は正常。美しいものを美しいと誉め賞賛してしまう正直な気持ちを偽ることは出来ない!そうだよね!」
「うん、まあそれは」
うんうんと頷いて、男は突然ルインの両手をそっと包み込んだ。
「ボクの美しさは当然のように君を魅了してやまないだろうけど、君だって美しいよ。赤い髪はボクの心に情熱とぬくもりをもたらすし、白薔薇のように透き通った肌は一点のくもりもない。輝く金のまなざしは朝日のように希望をくれる。ボクやセツナさんに及ばずとも、君には君の愛らしさがある!」
与えられたぬくもりにびっくりしていたら、なんかすごいことを並べ立てられた。
ルインは目の前の男の顔を見つめたまま言葉も出ない。自分が美辞麗句で飾り立てられたからではなく、次から次へと出てくるこの言語センスに圧倒されてだ。
「どうもありがとう…?」
「礼には及ばないとも!当然のことを言っているだけさ」
正直に、ルインは感心していた。
(こんなに褒め言葉が出てくるなんてすごい)
すべての言葉が、褒め言葉に出来るなんてすごい。
「…あなたを本当に見直そうと思う」
「そうかい、ぜひそうしてくれて構わないよ!ボクのように美しく華麗に生きるといい!!」
「いや、同じようには生きないけど」
「いやいやいや、そこは遠慮せずに!」
このテンションにずっとつきあっていくのは、たぶんたいへんなんだろうなと言うのは、ルインにも解るのだが。
ルインは平気だ。疲れないし、困ることもない。(時々話が通じないのはアレだが)
だからまた、顔を見れば話したいなと思った。この夜。新しい面を見つけて。
名前も知らない、顔の綺麗な変わった男に。
ルインはちょっと興味が湧いた。