数日に一度ひらかれる宿屋会議。最近あった出来事やクエスト情報や今後の旅の予定など、食事をしながら話し合う。
ガナン帝国の脅威が去った今、気さくな食事会とも同義の、仲間達の集まりで。
みんなはそれぞれ近況報告を述べていった。
最近こんな装備を手に入れた。グビアナでは今これが流行り、実は習い事を始めた、など。
レイヴァンの番になって、みんなはそれぞれ苦笑やら呆れやら、若干聞き流しモードの体勢にはいる。それもいつものこと。
「結婚します」
ところが今日のレイヴァンは、妙に張りつめた表情で、そう宣言した。
とりあえず、一同頭が真っ白になる。
声が出せても「ちょ、おま」とか、「え、え、レイヴァン、さん…?」とか、とりあえずメダパニとかその線を疑ってかかってみるが、どうやらそうでもないようだ。
レイヴァンの目は真剣そのもの。
これが他の宣言だったらディアなんかは武器を持ちだし心の底から突っ込みに行動を移していただろう。
しかし、えっと、だって、ねえ。
けっこん、すか…?みたいな。
レイヴァンは、女性好きで愛の言葉を垂れ流す変態ナルシストだが。
いい加減な嘘はつかない。それは彼の嫌うものであるのだと、さすがにみんなはよく解っているのだ。
「セツナさん」
「はえ…?あ、ああ?ああ、なんだっっ!?」
ひときわセツナの放心状態と驚きは大きいようだ。
レイヴァンは女性が好きでいつでもどこでも口説き回る、そんな軟派なイメージの反面、特定の女性と関係を持つことは、セツナの関知する限り一度もなかったからだ。
恋人が出来た、というのならまだ解る。しかし、結婚。断然関係が真剣味を帯びるその単語に、まさかレイヴァンが結びつかなかった。
「セツナさん、お許しを頂けますか」
「え?あ、ちょ、待て。その。本気なんだな…?お前は…本当に…」
「もちろんですとも!こんな事、冗談で言うわけがありませんっ」
眉を下げ、必死に言いつのる姿はいつも通りのレイヴァンで、セツナはすこしだけほっとする。
「そうか、知らなかったが、お前にもそんな相手がいたんだな、うん。とても相手が不憫ではあるが」
「セツナ様お気持ちは解りますが言い過ぎですよ」
「お前もお気持ちは解るとか言うなよ」
そのやりとりを皮切りに、ディアもユオもほっと息をついてそれぞれの調子を取り戻そうとする。
しかし一体全体どこの誰だろうか。レイヴァンに結婚する、などと、ある意味普段の彼からもっとも遠いような決意をさせる相手とは。
本当に人間の女性だろうか。若干失礼な方向に、関心は当然そちらへと向いていく。
「いや、しかし、どういうことだ?私に許しを貰うとは」
セツナはレイヴァンの恋人(?)の親でもなんでもないと思うのだが。
「セツナさんに、許して貰いたいんです。ボクがたったひとりに生涯の愛を誓っても、あなたの地獄はボクも背負う」
「――――――!」
セツナは、にっこりと微笑むレイヴァンの表情に、彼の言わんとするところを理解した。
椅子を蹴るようにして立ち上がる。
「許すわけがないだろう!」
情の深い男だと思っていたのに。なんて酷い。
レイヴァンをきつく、憎しみすら込めて睨み上げる。
この男は、一生をともにしたいと想う女性を置いて、それでもセツナについていくとのたまうのか。
「レイヴァンさん、結婚なさる気はおありなんでしょう…?」
セツナの形相にたじろぎながらも、ユオがそっと尋ねる。
もちろんです、ボクは真剣ですとも!と、レイヴァンはいたって真面目に頷く。
「その方を大切に思うなら、ずっと側にいて差し上げた方がよいのでは…?」
ユオの言葉に、セツナの頬が怒りとはまた違う感情で熱を帯びた。
ああ、私は重ねているんだ。置いて行かれるさみしさ、振り向いてもらえないような、どうしようもない距離感。
好きだけど、一緒にいない方が良いなどと言うのだろうか。レイヴァンも。
どうして。好きならば、何の障害もないのならばずっと一緒にいたらいい。
「ボクの、こいしたう人は」
レイヴァンの手が、そっと、いたわるようにセツナの髪を撫でた。
「とても、つよくやさしく愛らしい人で、ボクにはどうしてもそのひとの存在が不可欠で」
「なら」
言いつのろうとするセツナに、レイヴァンはゆっくり、笑顔のままかぶりを振った。
「たとえ離れていても、そのひとだけを愛し続ける自信があるんです」
「いや、テメーに自信があってもよ…」
女性からしてみれば、いかにも勝手な男の言い分だ。ひとり待たされ、しかも夫は違う女のために身を危険に晒す旅に出てるなど、ふつうは嫉妬と不安で気が狂いそうなものだが。
「いや、彼女はむしろ、ボクが意志を貫かないと愛想を尽かされてしまいそうな人で」
「ますますどんな女だ。むしろ男か?」
「失敬な!彼女はセツナさんに勝るとも劣らない愛らしく素晴らしい女性さ!」
レイヴァンは珍しく、ディアをたしなめるような口調で言う。ぷんすか怒るレベルだが。
「まあ」
ユオはその言葉に、心から感心してしまう。
今までずっとレイヴァンの形容詞に、セツナと並ぶものなど耳にしたことがなかったからだ。
「レイヴァンさん、その方のこと本気なのですね」
おかしな事にそれで納得してしまう。いや、どう考えてもおかしいだろう!セツナは相変わらず怒り醒めやらず声を上げた。
「私はお前なんか必要ない、レイヴァン。旅に出るにもい、イザヤール様もいるし、ディアもユオもいるからな。お前は要らん。こうなったらパーティー解雇だ。結婚して幸せな家庭を作れ。命令だ!」
主従ではない。
レイヴァンはセツナの命令に、従う義務はない。
けれどいつだってレイヴァンは、セツナの言うことには素直に従ってきたものだ。
「お断りします、セツナさん」
レイヴァンは、美形の威力を遺憾なく発揮した笑顔でこたえた。
「必要ない、と言っているだろう」
(やめて、レイヴァン)
セツナの声に震えが混じる。どうか。
「お前はおかしい、レイヴァン。よく考え直せ。私を足枷にしたいのか」
お前の幸せの、障害にするつもりか。
「いいえ。でもボクの思いは変わりません」
必要がなければ捨て置いて下さればいい。勝手についていって流れ弾ひとつでも、あなたの身に降り掛かる災いの盾でも、なんにでもなれる。
「考え直せ」
「いいえ」
(レイヴァン、お願いだから)
セツナの声に涙が混じる。いやだ、イザヤール様以外の前では泣かない。
(かわいそうなセツナを作らないで)
(彼女の方が大事だと、側にいると、今からでも良い言って欲しい)
「セツナさん」
レイヴァンの手が、再びうつむいてしまうセツナの頭にそっと触れる。
「あなたの幸せは、きっとイザヤールさんが作ってくれるでしょう」
顔を上げる。慈しみに満ちた眼差しを向けられている、気がする。
イザヤールがセツナに向ける眼差しとは異なる。だからきっと、レイヴァンは恋人をこんな目では見ない。
「あなたの笑顔は、あのひとがあなたに与えてくれる。ディア君やユオ君、サンディ君が、あなたの笑顔を増やす。ボクは、あなたの笑顔が二度と悲しみで曇らないよう、生涯を掛けてお守りする」
「…要らない」
「もう、あなたと地獄に赴くことはないかも知れないけど」
セツナが、もはや懇願の眼差しでレイヴァンにすがるのを、やはりやんわりと手のひらで押さえて、子どもをあやすように続ける。
「幸せの天国の中にこそ、悲しみはたくさん潜んでいます。ボクはそれを、出来る限り影ながら、あなたから遠ざけてしまいたい」
「お前なんか、要らない。もう、要らない、レイヴァン」
私にはイザヤール様がいるもの。
もう、お前なんて用無しだ!
そう、きっぱりと告げてしまえれば、どれだけ良いのか解らない。
口に出来ない。セツナだって、嘘はつかないところはレイヴァンと同じなのだ。
「あなたに嘘は似合いませんよ、セツナさん」
レイヴァンはにっこりと笑う。楽しささえにじませて、セツナの頭を優しく撫でる。いとおしいものを見つめる眼差し。
大切な宝物を抱きしめるような。
「言葉の百の、九十九が真実でも、その中のひとつでもボクが必要だと、貴女の瞳を見ればわかる」
震えるセツナの足下に、流れる優雅な所作でレイヴァンは膝を着いた。
どうか、と。
今度はレイヴァンが懇願する番だった。
「どうかこのレイヴァンの願いを聞いて下さい。あのひとを想うことがボクの生の喜びであると同時に、貴女の涙のひとすじはボクの死の苦悶と同義なのです」
宣誓のように告げると、レイヴァンはセツナの足先にそっと口づけると、思い切ったように立ち上がり、打って変わった雰囲気の笑顔を浮かべる。
「あなたが、もう誰かに護られなければならない女の子ではないことは知っています」
そう、セツナは強く、勇ましい。
レイヴァンの慕う少女の方が、外見も能力もずっと危なっかしく脆弱だ。
「けれど、お守りしたいんです。ボクが、そうしたいんです、セツナさん」
「………知ったことか!」
セツナは顔を真っ赤にすると、怒り心頭といった様子でその辺の胡椒ボトルをレイヴァンに投げつけ、足音荒く宿屋を出て行った。
「テメー、しばらく口利いて貰えねーんじゃねえの」
「…セツナ様を困らせましたね、レイヴァンさん」
「い、いや。うん。きっとセツナさんだからわかってくれる…!ご、ごめんよユオ君!だからザキはちょ…っ」
たぶん、しばらく無言期間が続いても、しつこくレイヴァンがつきまとうから、勝手にしろ!と。
レイヴァンより、セツナが折れる方が、きっと早いのだ。
すっかり根付いてしまった、情よりも、昇華されてしまったような愛がある。
セツナはレイヴァンの、あるいはディアとユオの、お姫様のような存在なのだ。
もっと親しい感覚だけど、笑顔を護りたい、どんな傷も負わせたくない、ただずっと、もう二度と顔を曇らせたくないと。
無条件に想ってしまう。
(大切なひと。あるいはこのさき、貴女が剣を捨てる日が来たら、ボクはおそばを離れる日が来るかも知れませんが)
どれだけの時が過ぎても、幸せを祈る、幸せで居続けていてくれることを願う、そんな存在だ。
「…で、てめーの婚約者とやらはどこのどいつなんだ?」
ユオはレイヴァンに恨みがましい視線をくれながら、セツナを追って行ってしまった。
残されたディアは、居心地が悪そうにしながらも、レイヴァンに話を振ってくれるらしい。
「…可愛らしい人だよ。陽の光のようにあたたかく月の光のように神秘的な」
「いや、ぜんっぜんわっかんねえ」
顔をしかめるディアに、レイヴァンは困ったように眉を下げた。
ルインのことを想うと、可愛い、という言葉が真っ先に出てきて、あとはうまく表現できない。
ありふれた表現。ありきたりの賛辞。どれも相応しくない。
「プロポーズをしたのだけど、まだ返事はもらえてないんだ」
「…おま、それゴメンナサイだったらしばくぞ?」
頬を引きつらせてディアは零す。もしそうなら本当に情けないことこの上ないね。セツナさんを困らせて。
今朝からボクは美しくないことこの上ない。
けれどもし、ルイン君がボクの言葉に首を振っても。
ボクはきっと何度でも、恋に落ちてプロポーズを繰り返す。
キミがうんって言ってくれるまで。
だってこんな事は初めてなんだよ。
今までボクが恋した美しい人たちは、ひとりをのぞいてボクとずっと一緒にいたいと言ってくれた。
運命の人、セツナさんは、ボクなんか要らないって言う美しいお姫様。
キミは。
たったひとり、キミは。
何をしてもしなくても、してくれてもしてくれなくても、ただそこにいるだけでボクの身体のすべてが喜びで震えるんだ。
キミがこの世界で息をしてくれているって事が、幸せでたまらないよルイン君。
ああ、そうか、そうだね、そのはずだ。
ずっとルインをあらわす言葉を探していた。
ぴったりの言葉はなかなか見つからない。
けれど答えはすでにあった、当たり前すぎて、言葉で飾ることに慣れすぎて、気がつかなかった。
(ルイン君は、ルイン君だ)
ボクの、たったひとりだ。
レイヴァンに必要なステップ。
なんかいろいろ全面土下座…!
(2010.3.18)
飛龍さんがすごいものくれた!
イザヤールどこにいたの?(飛龍さんとこの管理ページ)