「じゃあ、始めるよ?」
「うん…」
そうっと慎重に告げられて、ルインは緊張した面持ちで頷いた。
レイヴァンはもっとリラックスしてごらん、と促すのだが、指が触れたとたんぴく、とかすかに反応してしまう。
くすぐったいのかい、声は心配そうに伺うのだけど、やめてくれる気配はなくルインの身体を辿っていく。
「…っぅ」
「ルイン君、敏感なんだね」
意外そうに言われて、弱点を暴かれた心地にルインの耳が熱を帯びた。
背中は弱い。どうしても。羽根のあった名残で、鍛えることが困難だった結果。
「ふ…っ、あ」
「痛くは無いかい?じきに良くなるから…」
くすくすと、笑う吐息に首もとをくすぐられてくすぐったい。どうにもいたたまれないルインをレイヴァンは楽しんでいるような気がしてくる。
触れる指先は優しいのに。
たどる仕草に、たまらない心地になって身をよじりたくなる。
ぷるぷる震えながら、必死に堪え忍ぶルインの姿に、レイヴァンは微笑ましささえ覚える。
「…こんなになる前にボクに言えば良かったんだよ。まったく、君って人は」
「レイヴァンーーーーーーーー!!!!!」
ばたばたどかーん!!!と、すさまじい音を立て、扉を破らんばかりの勢いで、数人の男女が部屋になだれ込んできた。
「ルインー!ルインは無事か?」
「え、なに?」
「な、なんだい。みんなして。ノックも無しに入ってくるなんて失礼だよ」
「レイヴァン!そこへ直れ!貴様の腐ったその根性今日こそたたき直してやる!」
「せ、セツナさん。どうしてそんなに鬼の形相ではやぶさの剣を構えてるんですか?」
ずいと、前に一歩進み出たセツナの気迫に、レイヴァンもぎょっとしてたじろぐ。
と、必死の様子で部屋に押しかけてきた面々は、予想とは違った光景に気付いたらしく。
すなわち、椅子に座ったルイン(着衣)と、その後ろに立って肩に手を置くレイヴァン(着衣)だ。
「今、ここで何をしていた…?」
「何って…肩と背中のマッサージを」
「くすぐったいから苦手だけど、効くんだよねえ、これが」
ねー、と笑いあうふたりの姿に、ユオなどはなーんだと胸をなで下ろし済んだようだが。
二人がそろって宿屋の部屋に向かった、と聞いて、居ても立ってもいられなく飛び出したセツナとガトゥーザは、無言で視線を交わしあい、そして頷いた。
「紛らわしいんじゃぼけえええ!」
「反省しろレイヴァン!!」
「え、え?」
それはもう、爽快なハリセンの音が響き渡ったとか…。
まぎらわしい1
「さあ、ルイン君」
「れ、レイヴァン、ちょっと待って…」
この時は、めずらしい状況ではあった。
いつもよくいえば泰然と、まあぶっちゃけて図太いルインが狼狽えているのだから。
「大丈夫さ、ボクは何だって素敵に無敵にこなしてしまうからね!」
「し、しってる。レイヴァンが素敵なのは知ってる」
及び腰になりながら、真顔でルインが応えたので、かえってレイヴァンの方が照れてしまった。
「そんなにかわいいことを言ってはいけないね…我慢が出来なくなってしまうよ?」
「えー、って、わ、やだっ、いやだっ」
「もう逃げられないよ?」
いつも小鳥のようにボクの目の前を飛び立ってしまう君は、もうこの腕の鳥籠に捕らえてしまった。
耳元で妙に叙情的なことを囁かれる。や、単にいつも通りのポエムだが。
「や、やだ、レイヴァンっ。ちょ、いやだって」
「いつも素直に応じてくれるルイン君のかたくなな姿も新鮮で愛らしいね」
押せど返せどレイヴァンの腕はルインを捕らえてびくともしない。
本気で困り果てるルインと、何だか楽しそうににこにこ口元をほころばせるレイヴァン。
「…そんなに嫌かい?」
「だから、嫌だって言ってるよ」
眉を下げる表情は本当にめずらしく、愛らしく映ってレイヴァンはもったいなく思ってしまう。
「ボクのことが嫌いかい?」
「…好きだよ」
けれどわざと悲しい振りを装った問いに、こんな返事が返されて、もっと心が浮き足立つ。
「なら、ボクに身をゆだねてくれないかい?どんなルイン君も受け止めてみせるよ。酷くしたりはしないから」
「…う、でも…」
さらりと前髪をかきあげ、額を撫でる。ね?と伺うように繰り返せば、ルインは目元を赤く染め渋々と頷いてくれた。
彼女はなんだかんだと優しい。人ののぞみを断り切れないのだ。
「じゃあ、じっとしていて…」
「レイヴァンーーーーー!!!お前またかあああ!!!」
どんがらがっしゃんばりばりと、若干発信不明な音を撒き散らしながら、いつかのように個室のドアは開け放たれた。
そして並ぶ顔ぶれもいつものごとく、先頭に鬼の形相のセツナ、すぐ後ろにガトゥーザ、その他パーティの面々プラスリッカまでいる。
「セセセツナさん…!それにみなさんも。何事ですか?」
目を丸くする当人達の姿に、乱入者達の空気にぴりっと緊張が走った。
今度こそ、今度こそ、動かざる現場を目の当たりにしてしまった!
レイヴァンはかたくルインを抱き寄せ、今まさに触れようと手を挙げたところで停止している。
「お、お前は性懲りもなくルインに妙なことを吹き込んで、こ、こんな不埒な真似を…」
「ふ、不埒!?誤解ですっっ、セツナさん!ボクはいたって身も心も純白の気高く美しぶっっ!??」
台詞の途中で耐えられなくなったガトゥーザのモップ突きが、見事レイヴァンの顎にヒットした。
「チビ、帰るぞ」
「う、うん…でも」
倒れ込むレイヴァンに目をやりながらもガトゥーザに近寄ったルインが、ふいにぽろりとその目から涙をこぼす。
「え?」
「ル、ルイン、大丈夫か?レイヴァンのバカにおかしな事をされたのか」
「違うよ、レイヴァンは助けてくれようと…いた、いたー…」
よく見れば目元が赤く染まっており、こしこしと擦るたびに痛そうに顔をしかめる。
「目にね、なんか変なごみが入ったみたいで。自分で取ろうとして取れないし触ると痛いから困ってるんだ」
「洗えよ!!」
「洗ったよー。取れないんだよーでもレイヴァン器用だから頼もうとしたんだけど」
なんでみんなはレイヴァンを怒ってるの?事情はわかっていない様子だが、突っ込まれるのが日常過ぎてルインはそこには疑問を挟まない。
「ユオ、何とかしてやってくれ」
「はい、いいですよ」
ユオは手際よく、常備薬から目薬を取り出してくれた。
まぎらわしい2
(あれ、でもこれって普通にいい雰囲気だったんじゃね)