うちのブログのバレンタインネタとかいろいろ混ざってます。
※ルインの「我が師」は別のひとと考えていただいて。

 

 

夜明けまできみと

 






「お疲れ様、ルイン君」
「あー、レイヴァン、こんばんはー。ん?おはよう、かな」
 カウンターの上の拭き掃除をしてはいたが、半分船をこいでいたルインは返事をしながらゆるゆると覚醒したようだ。
「いろいろと頑張ったのだね?」
 次に語りかけられた言葉には、ぱっちりと瞳をまたたいて、高い位置にある端正な顔を見上げる。
 まだ日の差さない暗い時刻。薄暗い宿屋の酒場スペースで、レイヴァンの顔は白く浮かび上がって綺麗だ。朝陽みたい、と思う。
「いろいろ?」
「ロマンチックな星雪の散歩が楽しめたよ。きっと世の恋する人たちも美しさに感動したのではないかな」
「ああ、やっぱりばれてたか」
 数日前から計画していた練金が今朝成功して、夕方から世界中を回ってきらめく星を撒いてきた。
 師匠と、サンディとアギロの協力もあって、楽しい夜だった。
 みんなも喜んでくれたのなら言うことはないのだが、ルインだって自分が楽しんだこともあってか、改めて感謝されるのは面はゆい気がする。
 昼頃、セツナの作った試作品のケーキをたらふく食べ、そのあとミリエッカのナインへの想いのこもったチョコを横からつまみ食いしたりして充電はばっちりしておいた。
 だがいかんせん疲れてしまった。けれど今から眠れる心理状態ではなく、興奮が冷めるまで酒場の掃除をしていたのだった。
「ボクもいっぱい、バレンタインを楽しんだよ、楽しかった」
「それはなによりだね」
「レイヴァンは?」
 気がつけばいつもの席に、二人よりかかって会話をしている。
 レイヴァンはすこし間をおいたが、いつも通りの微笑みをくれてキミに会いに来たんだよと言った。
「ボクに?」と思わず聞き返して、「キミに。」と再び繰り返される。
「もう日は変わってしまったけど、ボクのバレンタインはまだ終わってないのだよ。キミに贈るものがあるから」
 静かな口調で告げると、レイヴァンはルインの見ている前で、てきぱきと茶器を用意して整え、あたたかな湯気の立つポットを持ってきた。
 紅茶のいいにおいがする。促されて素直に席に座ったルインは、優雅な仕草でお茶を注ぐ、レイヴァンの一挙手一投足に見入った。
「ボクのお気に入りの茶葉なんだよ」
 磨かれた茶器の、これまた繊細なカップを差し出され、目を離さずに受け取る。
 白い湯気をじっと見つめ、ゆれる夕陽色から香りが広がる。
「…いただきます」
 唇をつけて、一口のみこんでみる。ほっと、心の底から溜息が漏れる心地がした。
 舌の反応が鈍く、味がよくわからなかったのでレイヴァンの顔を一度見て、頷かれたのでもう一度飲んでみる。
「……美味しい」
ふかく、口の中に広がり胸にまで落ちる、おっとりとした柔らかな味わい。
「チョコレートと紅茶はとてもよく合うんだよ」
 頬を緩めるルインに、レイヴァンもほっとしたように微笑みを浮かべる。
「キミは人気者だから、チョコレートをたくさん貰ったんじゃないかと思ってね。まあ、ボクに焦がれる羨望の眼差しの数も負けていないと思うけど」
「レイヴァンも貰ったんじゃない?」
「ふふ。数を数えてどちらがより多いなどと語るのは無粋な真似だったかな?」
「…言われてみればそうだね。やめておこう」
 ではこれを贈るよ。気に入ったのなら取り扱う店も紹介する。と、これも素敵なパッケージの紅茶缶を受け取る。
 素直にうれしくてありがとう、と笑顔になる。
 そしてふと、目をあげてレイヴァンの顔を見つめる。
「ボク、レイヴァンに何もないの」
「構わないさ!愛とは無償のものだからねっ」
 きらきらっと白い歯を見せてレイヴァンは笑ってくれるのだが、ルインはその事実に気付いたとたん、居ても立ってもいられなくなった。
 だって、だってバレンタインを自分のことだと思わなかったのだ。
 いつも通り、いつも通りに過ごせばいいのだと。
 レイヴァンは、そこにいるだけでルインは幸せになれるから。
(ボクがレイヴァンにしてあげられることがあったかも知れない!)
 ががーん、と効果音が頭に響いたような衝撃さえも覚える。レイヴァンはこんなに素敵なものを用意してくれていたのに!
「ごめんねレイヴァン!」
 慌てすぎて、自分でもびっくりするような声が出た。
 レイヴァンがわずかに身を引いたほどだからよっぽどだ。
「い、良いんだよルイン君。ボクだってキミが星を降らせてくれたのを見て、とても感動した。素晴らしく美しく、心が震えたよ」
 そう言ってくれて嬉しい。でもレイヴァンに、彼のために何か。
(ああ、そうだったんだ。バレンタインってそういうお祭りなんだ。わかってたのにわかってなかった)
 ルインは色恋には、特に自分ごとは自分のことではないように考えてしまう癖がまだある。
「じゃあ来月にお返しをくれるかい?」
「……来月。ホワイトデー?」
 そう、そうだった。人間界にはバレンタインに対し、ホワイトデーなる連動したお祭りもあるのだった。
「わかったよ、レイヴァン。お返しを考える」
 きっと、困り果てたルインに気を遣って言ってくれたのだろう、レイヴァンの優しさが沁みる。
 それは、ルインに有り難くもうれしい申し出だった。
 つながっていく、プレゼントにお返しという、当たり前みたいな流れが、ルインにはうれしかった。
「何か、素敵なものを考えるよ」
「期待してるよ」
 真剣に瞳に力を入れるルインに、レイヴァンは心から応えて微笑む。
 自分の分の紅茶に口を付ける。
 朝陽の気配を感じていた。もうすぐ、夜明け。
 紅茶缶を大事そうに抱きしめたまま、ルインは真顔でレイヴァンを見上げて宣言した。
「どうしても考えつかなかったら身体で払うよ!」
 お約束通り、レイヴァンはむせた。
 吹き出すなどと言う美しくない行為は、彼の信条に反するので意地でも回避した。
「一度言ってみたいよね、身体で払う!」
「ルイン君、ルイン君ごほっ。たぶんそれ、使いどころが違うと思うよ…」
 いつものようなやりとり。ルインが若干問題のある言動をして、レイヴァンが突っ込む。
 ルインが紅茶のお代わりを要求して、レイヴァンは快く注いでくれる。
 時間が経つのも、忘れるようなときを過ごす。



 バレンタインの夜が明けても、楽しい時間は続いていく。
 今日も明日も。
 来月も、きっと?
 






 

 




むしろ何も思いつくな!ルイン!
と思っている身体で払うフラグを立てたがる台無しな親。
(2010.2.14)