朝の向こうもあなたと
レイヴァンはそれなりに緊張してこの日を迎えた。
実はルインも、結構のところ緊張してこの日を迎えることになった。
お互い本日の用事を終え、珍しく約束して待ち合わせた、セントシュタイン平原の小高い丘。
二人っきりで、向き合って、ルインとレイヴァンは立っていた。
「じゃ、レイヴァン、目をつぶって」
非常に緊張した面持ちで、ルインは眼差しを険しくするとそう言った。
「目、目を…?」
思わずさすがのレイヴァンもぎくりとしてしまう。
しかし、ルインだ。状況も状況で発言も発言だが、ルインである。
「わかったよルイン君!ボクも美男子!煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わないよ!」
まあ、言いたいことは大抵の所はわかるのだが、レイヴァンが言うとなんかこう、どうしても変態発言になった。
ルインを信用して、ぎゅっとレイヴァンは強く目をつぶる。
ルインも、レイヴァンがちゃんと目を閉じているかなどと確認したりせず、すぐに行動に移す。
手を。
「ル、ルイン君…ッ」
ルインの小さな手が、レイヴァンの手を取って握る。ドキドキと鼓動を早めるレイヴァンだが、しかし。
ごそっ。
「?」
ルインはなぜか、レイヴァンの手にごっつい手袋をはめだした。
「る、るいんくん?」
「レイヴァン、ちょっと屈んで」
「……う、うん」
言われるがまま腰を折ると、今度は背中、肩にずしっと、重たく分厚いもの。
一気に体感温度が高くなる。
なぜか、ルインはレイヴァンに毛皮のコートを着せているらしい。
「ルイン君…これは一体?」
「うん、あとはフードを被る」
ぽすりと、頭まで毛皮で覆われる。一瞬で熱さで参ってしまいそうになるが、間近にルインの香りがして、思わずのけぞってしまった。
「手を、離さないで」
「あ、ごめんよ」
ごわごわとした手袋越しに、しかしきゅっと、握られた手がある。
ルイン君は一体何をしてくれるんだろう?
レイヴァンはやはりどうしても疑問に首を傾げてしまう。とたん、身に覚えのある浮遊感が全身を包んだ。
「ルーラ!」
「!?」
意識を置いて、景色が変わる。
視界を閉ざしたままのレイヴァンには、大気の急激な変化だけが、身体を通して感じられて。
「………!!」
急に、氷のつぶてと凍てつく風が、痛いほどに皮膚を刺した。
「ここは、エルシオン雪原?」
「レイヴァン、そのままついてきて」
吹きすさぶ風の音にかき消されそうだが、ふしぎとルインの声はよく聞き取れた。
呼ぶ声と、引かれる手を頼りにレイヴァンは雪の大地を踏みしめて何とか進む。
「ルイン君は、大丈夫かい?ちゃんとコートを着ているかい?」
「うん、大丈夫だよ」
とはいえ雪原という悪所の所為もあるのだろうが、先を行くルインの足取りはいつもよりも重く、ゆっくりとしている。
本来ならレイヴァンが前を歩いて、風や雪から少しでも護ってあげたいところなのに。
「…ルイン君、どこに行くんだい?」
「もうすこし」
そう、自分を励ますためだろうか、レイヴァンを宥めるつもりだろうか、笑い混じりの声がして、そして。
ざあっ!
とたん、景色が開けた感覚がして、先ほどまで痛いほど身を打っていた吹雪が途切れ、風が止んだ。
「……ここは?」
「レイヴァン、受け身とって」
「えっ?うわあっっ」
またもや、ルインが唐突な要求を述べたかと思うと、レイヴァンはいきなり体当たりを食らってひっくり返った。
幸い柔らかな雪が受け止めてくれたので痛くはないが、背中から転げて仰向けになる。
事態に目を白黒させる(それでもレイヴァンは目を閉じている)よりも、レイヴァンはいま起こったことに動揺を禁じ得ない。
ルインが体当たりをして、レイヴァンは倒されて、そして今、彼の上にあたたかなぬくもりが乗っている。
(ボクは、もしかしたら押し倒されてしまったのかな?)
いや、だめだよルイン君!いくらボクが美しいからって、二人っきりになって気持ちはわかるけれどももっとこう…!そういう事は…!
ああそうじゃなくて…!
レイヴァンは軽くパニックに陥っている。
これが相手がルインじゃなければ、レイヴァンはもっと軽やかに、自分の調子を崩すことなく笑って流すことも出来るのだが。
つまり、レイヴァンがとっさに思ったのは、こういう事なのだ。
「ルイン君、もっと自分を大事に…!」
「レイヴァン、目、開けて良いよ」
言葉に促され、反射的にレイヴァンは目をひらいた。
とたん。
「……!!」
まぶたを刺す、光の奔流。
目の前にはルインがいる。レイヴァンの上に乗っかったまま、にこりと笑顔を見せて、自分も同じものを見上げる。
空。
極寒の、夜の空には、色彩が織りなす光の波が連なって、二人の頭上を覆っていた。
「オーロラ…かい?」
「ディスクリートオーロラって言うんだって」
カーテン状に帯を成し発光する、中でもより美しくよりはっきりと光る現象である。
「すごいよ…はじめて見た…」
白い吐息と同じく、レイヴァンの言葉はすんなりとこぼれ落ちる。
感動が大きすぎて、情景が強大すぎて、飾り立てる言葉なんてどこかに飛んでいってしまう。
レイヴァンの瞳が空に釘付けに、吸い込まれそうなのを見て、ルインはにっこりと笑う。
「美しいね」
彼の台詞を横取りする。
「ああ、美しいね」
心から同意を得られる。
雪の上に寝転がって、赤から緑に色を変える光のカーテンを、夜の豪奢な天蓋に見立てて見上げる。
怪しいほどの美しさに、圧倒されて心が騒ぎ、心安らぐものではないかも知れないが、二人はふふと笑いを漏らす。
押し潰されて死んでしまいそう。何だかそのぐらい強い最凶の呪文のような、迫力と威厳のようなものを感じる。
「目に見えないものってこんなものかな」
これは目に見えるけれど。
ルインがつぶやくのに、レイヴァンはうん?といって先を促す。
「運命」
「………ああ、うん」
短絡的すぎて、ルインのいいたいことはレイヴァンにもきっと、半分も理解できない。
けれどひとが理屈も理性もなく、打ちのめされる事態。感じる衝動。
そうか、運命。
それは少しわかるような気がする。感覚的すぎて、多くの人の同意は得られないかも知れない。
「…ボクもはじめて見た。見られてよかったよ。レイヴァンはよかった?」
「ああ、素晴らしいよ。まさかこんなお返しをもらえるなんて」
今日見られるかは運次第だったけど、エルシオン学院の教授にもいろいろ教わって見られる確率は高かったから。
ルインはなんでもないように言ってくれる。
レイヴァンはいつも、ルインの行動には驚かされてばかりだ。まさかホワイトデーのお返しがこんな形で。
こんな風に、喜ばせてくれるとは思ってなかったから。
(きっとキミのことだから、より多くの人にこれを見せたいと、思っただろうね。今もきっと、思っているのに違いない)
レイヴァンは、横になっていた身体を起こし、少し離れて寝っ転がるルインに手を伸ばす。
「レイヴァン?」
(それなのにキミは、ボクに見せてくれようとしたんだね。一番最初に、ボクひとりに)
「ありがとう、ルイン君」
腕を引いて、そうっと立ち上がらせる。雪まみれの背中を、丁寧に払って。
フードの落ちた、凍り付いた髪の一筋を撫で。
「ありがとう、ボクはとても幸せだよ」
もう一度感謝を繰り返すと、レイヴァンはルインを抱きしめた。
凍り付く衣服が擦れて、乾いた音を立てる。
けれど心は急激に熱をもって、雪解けの川みたいに水が溢れる。
空に光を重ねるオーロラのカーテンは、時が経てば消えてしまう。
けれど心に刻まれた、極彩色の光の欠片は、いつまでもいつまでも。
ルインは本気で3倍返しを狙ってきた ←
せっかくだからロマンティックが止まらない!(誰か止 め て !)
でもこの二人付き合ってないぜ!w
(2010.3.14)