麗しき魔法使いが風邪を引いたら〜サンタさんからプレゼント☆編〜

「一刀両断」さまのクリスマスネタ「あの子が風邪を引いたら」の便乗ネタです。



「う…げほっ」
 咳をひとつ零して、レイヴァンは浅い眠りから醒めた。
 移りたくないから、レイヴァンの風邪菌はなんかやばそうだから。等々これまた酷い捨て台詞を残して仲間達は去っていった。
 気は紛れたがやはり静かになればだるさが襲ってきて、しばらく寝入っていたらしい。おかげでいくらかは頭痛も治まった気がする。
(まったく、みんな照れ屋さんなんだから…ボクのことが放っておけないのは解るけども)
 眠る前の賑やかさを思い出して口元に微笑みを浮かべる。
 もう大丈夫だよ!みんなのレイヴァンはこの通り美しく復活を遂げたとも!
 そう言って飛び出していきたいのは山々だが、寒気はするし全身のだるさもまとわりついて、いつも怖い者無しの彼の身体を蝕んでいた。
 静かだ。療養に与えられた室内はもちろん、隣室近辺からも何の物音もしなかった。
 病人をひとりにして置くわけにも行かないと、親しくなれば見えてくる彼らしい気遣いでディアがずっと付き添ってくれていた。枕元に置かれた水差しとコップも、その証拠。
 けれど今はそれぞれの用事があるのか、レイヴァンが眠ったからそっとしていてくれているのか、誰もいない。
(セツナさん…)
 突き刺さるような冷たい眼差しを思い出す。そんなあなたも美しい。
(ユオ君…ディア君…)
 今頃はみんなでケーキを食べているんだろうか。ボクはちなみにブッシュドノエルも好きだよ!(誰も訊いてない)
「………げほっ」
 シーツをたぐり寄せて、何となく身を丸めてしまう。
 星砕きで殴られてもいいから、病原菌扱いで疎まれてもいいから、さっきみたいに誰か側にいて欲しいと思う反面、
(ボクひとりで済めばいいなあ。誰にもうつらずに)
 うつらうつらと、再びまどろむように意識を沈めていく。




 いい夢を見た。
 内容は覚えていない、あたたかな夢だった。
 覚醒を意識しながら、それをもったいなく思ってつなぎ止めようと、腕のなかのものを抱き寄せる。
(抱き…?)
 レイヴァンは熱でかすむ視界のなか、赤いものを見つける。自分の金髪と絡まってシーツに広がるところは、綺麗な鮮やかさを作っている。
(あったかい…?)
 腕のなかに、自分のものではない鼓動が収まっていた。
「……ッ!?る…?」
 思わず声を上げそうになって急いで口を噤んだ。寝ている。あどけない寝顔がすぐ目の前にあった。
(ルイン君?ルイン君、なんでボクのベッドの中に入って寝てるんだい??)
 レイヴァンは必死に動揺を抑え、冷静な思考を保とうとしたが、どう考えても今の状況に至った経緯が解らなかった。
 お茶友達でありレイヴァンにとって特別な立場の友人、赤い髪のルインがいる。
 レイヴァンのベッドのなかにいつの間にかちゃっかりと居座り、惰眠をむさぼっている。
 お昼寝にはちょうどいい時間であるが。
(ルイン君ルイン君。部屋を間違えてしまったのかい?それとも思わず添い寝したくなるくらいボクの寝姿が悩ましかったのかい)
 混乱を続ける頭の中身はともかく、ぴったりと寄り添いぎゅうと抱きしめている自分の両手に狼狽えて慌てて身を引く。
 しかし、ルインの方はぴくりともせず、レイヴァンにしがみついて寝ている。
 ……抱き合って、眠っていたらしい。
「………ルイン君」
 顔が、熱をもつ額ではなく頬も耳も赤くなるのが分かって思わず名前を呼ぶ。
 起こさなくては、起こさなくては。このままルインの無防備な寝顔を眺めているのは良くない。とてもいけない。
「……んん」
 気配に敏感なルインはすぐに自分の名前に反応して、まぶたを震わせた。
 紅のまつげに覆われた黄色の瞳がぼんやりと、間近で困惑しているレイヴァンの顔を見つめる。
「ああ、レイヴァン…風邪はどう?つらい?」
「あ、ああ、風邪かい?風邪ごときで美しさを曇らせるボクではないからね、大丈夫だよ」
「うん、そっか」
 ほっとしたように笑って、ルインはゆっくりと目を醒ましたようだった。顔立ちがいつも通りに真顔になる。
 レイヴァンは無駄にほっとしながら、あんなルイン君は外には出せないね、と自分でも不可解な思考を巡らせた。
「え、ええと、ルイン君、どうしたんだい?どうしてここへ」
「お見舞い。でもレイヴァンは寝てるし、寒くなってきたんで入れてもらったんだ。邪魔なら出て行くよ」
 相変わらずの独特の判断である。さすがのレイヴァンもすぐに返答が出来ないほどだ。
「いちおう、入ってもいい?って訊いたんだよ。そしたらレイヴァンが寝ながら、もちろんだよ!いつでもこのボクの胸に飛び込んでおいで!って」
「…そうかい。ボクの博愛の精神は寝ていても罪なんだね…」
「うん。お邪魔しますって入った。やっぱりダメだった?出て行く?この服足下がすーすーしてさあ」
「この服…って」
 言われて意識したとたん、レイヴァンの顔が今度は血を失うように青ざめた。
 両腕だけでなく足も絡んでいる。わりとがっちりと。
 しかもこれ、ルイン君。すーすーって。ルイン君スカートをはいているのかい?しかもかなりのミニかな、これは?
「クリスマスだから、て着せられたんだ。レイヴァンにもせっかくだから見せようと」
「それは光栄だね、めずらしいよ、ルイン君がスカートをはいているなんて。きっと愛らしいのだろうね」
「じゃあ降りよう。見る?」
「それはいいね!とてもいい!いったんベッドから降り・・・っていやいやいやちょっと待って!」
 身体を起こしかけたルインを、思わずとっさに手を伸ばして引き寄せる。
 再び、小さなぬくもりがレイヴァンの腕の中に収まる。
「どうしたの?」
「いや、えっと、ね。ルイン君の可愛らしいスカート姿を見せてもらえるのは素晴らしいことだと思う。ボクという存在と同じくらいきらめいて素晴らしい提案だよ」
(でも出したくない)
 ボクにその姿を見せてくれたら、今度は気遣って立ち去ってしまうかも知れない。他の人の目に触れるところへ?
 ルイン君が着ているのは、セツナさんも着ていたサンタガールの服かな?きっとよく似合っている。見たいけれど、けれど。
「ルイン君、寒いんだろう?そこに、あまった毛布があるから」
「うん、これ?」
「それを腰に巻いて、下に降りて着替えておいでよ。ボクは大丈夫だから」
「……」
 笑顔を作る。そうっと、触れないよう上掛けのなかで身体を離す。
 手放したくないような名残惜しさと、可愛い格好を見られないもったいなさと。
 それでも、風邪を移したくない思いが勝る。
「…ボクはレイヴァンのお見舞いに来たんだよ?出来ること、無い?」
「こうして顔を見せてくれただけでも十分さ。ずいぶん眠ったから明日にはいつも通りの美しいボクに会えるとも」
 大きな瞳をまたたかせて、探るようルインがこちらの顔をのぞき込んでくる。
 そんなふうに見ないで欲しい。離しがたくなってしまうから。
 ただでさえ熱の所為で思考力の鈍っているレイヴァンは、口元に苦笑を浮かべて。
「じゃあ、お見舞いをもらってもいいかい?」
「いいよ。なんでも」
 揺らぎのない信頼の眼差しに我慢がきかなくなって、気がつけばルインの腕を引いていた。
 ちゅっ。
 軽く音を立て、額にふれた唇を離す。ルインは花のような匂いがする。おかしな事にそんなふうに思う。
「ふふふ。麗しいレイヴァンサンタからのプレゼントだよ」
 ルインは少し、ぼうっと固まっていたのだが、その一言に突き動かされるようにしてレイヴァンに手を伸ばす。
 レイヴァンよりもぎこちなく、ちゅ、と可愛い音を立てて額に柔らかな感触が降りる。
「早く良くなってね、レイヴァン」
「…ルインサンタからのプレゼントかい?」
「うん」
 にっこりと笑って、ルインはぱっと身を翻すとベッドから飛び降り、毛布を一枚、言われたとおりに羽織った。
 一瞬振り返る、白くまぶしい太ももまであらわなミニスカートのサンタ服姿。
「おやすみっ」
 マントのようにして、毛布に風をはらませながら、ルインは駆け足で部屋を立ち去っていってしまう。それを、レイヴァンはベッドに横たわったまま見送る。
(おやすみのキス?)
 ふれた感触をたどるように、額に手を伸ばす。去り際の、ルインの赤く染まった耳元を思い出す。
 あの子も、あんな風に照れたりするらしい。新しい発見だった。
(熱が、上がったかも知れない)
 誰もいないのに顔を隠そうとするように上掛けをたぐり寄せる。
 どれだけたぐり寄せてもあの心地よいぬくもりはもういない。それが少し、先ほどより心細さを感じもしたが。
 もう一度眠りについても、きっといい夢にたどり着ける。
 レイヴァンは微笑みを浮かべて、まどろみに再度意識を沈めた。





 




メリークリスマス!
だいぶ関係が進んだ頃のレイルイ想定です。

(2009.12.25)