ミリエッカ編
セントシュタインに新しくパイ専門店がオープンした。
とくに店の売りだというアップルパイを、一度食べてみたいとミリエッカがちらしを持ってやってきた。
ふたりともりんごが好きだという、良く似通った容姿のふたりの、実はそれ以外で数少ない共通点。
店の外装もお洒落でこじんまりとしている。
客層も若い女性、子供連れ、カップルなどと様々で、まったりとしている。インテリアもシックに凝っている。
デザイン関係に疎いルインはともかく、ミリエッカの瞳が輝いているのでよしとする。
席に案内されて、さっそくアップルパイと紅茶のセットをオーダー。
最近の出来事など、たわいない話に花を咲かせているとお待ちかねのパイが運ばれてきた。焼きたてのパイにはミントと、クリームがたっぷり添えられている。
同時にいただきますを唱えて、ミリエッカがフォークで口に運ぶのを見届けて、ルインも一口。
ふたり、目線だけあげてにやり。頬が緩む。
これは、アタリだ。
甘いものを普段好んでまで食べないルインでも、すいすいと口に運べてしまう。さくさくのパイ生地の絶妙の焼き加減と、甘さ控えめのりんごの食感。
「ルインちゃん、ルインちゃん。あーん」
同じものを食べているのにミリエッカが自分のパイを切り分けて差し出してくれる。ふふ、と微笑んでぱくっと口に入れる。
「はい、あーん」
ルインも同じように自分のパイを切り分けて差し出す。ミリエッカはぶんぶん振る尻尾が見えるような勢いで、嬉しそうに口に入れる。
「えへへー、おいしいね」
「うん。来て良かったね」
ミリエッカの口に付いているクリームを指で拭ってやりながら、ルインも満足して紅茶を含む。
「ルインちゃんルインちゃん」
「ん?」
「好きなひとが出来たの?」
ぶしゅーっと、相手がミリエッカでなければ(というか男性とか仲間ならば)そのまま吹き出していただろうが、ルインは精神力でこらえた。
おしゃれなパイ屋さんで、お茶を吹き出すような真似はマナー違反だ。女性に恥をかかせたりはしない紳士精神は変わらず健在だ。
「だっていつもと違う、ふんわりでお花みたいな匂いがするもの!」
「……におい」
興味津々に身を乗り出すミリエッカに脱力してしまう。動物的とも言えるカンと素晴らしい感受性を持ったこの少女に、ルインの分野でない話題で隠しきれるわけがなかったと言うことか。
「…ミリエッカの言う好きなひとって、恋愛って事だよね」
「うん、そうだと思うけど?」
「…ボクもまだ分かんないんだよね。なにせこんな事は初めてだからさ」
「そういうのに答えはないと思うの。ルインちゃんがすきと思ったら好きなのよ?」
ミリエッカはパイをぱくぱく食べながら、何でもない真理を口にするように言ってのける。
(そりゃあそうだけど)
身もふたもない。この子は無邪気に振る舞いながらふいにレッカの妹になる。
賢者みたい。思考でがちがちに固めた自分よりも、物事を百倍は素直に柔軟に理解していそう。
「じゃあ、私が聞いてあげる。ルインちゃんはそのひとといるとどんな気持ち?」
「楽しい。落ち着く、かな」
落ち着かないことも良くあるが。
「じゃあ、一緒にいられないときはどんな気持ち?思い出したら寂しい?」
「いや、それはべつに」
酒場で一人でいると、隣の空の席を眺めたりはするが、寂しいと思うことはない。
「お別れするときは?もっといられたらって、惜しい気持ちになる?」
「お互い用事があって別れるから、あんまり」
何かの診断みたいなやりとりを、いくつか繰り返して、ミリエッカはうーんと首を傾げる。
「どうして私が好きなひとって訊いたとき、そのひとのことが浮かんだのかわかる?」
「他の人と違うから」
「ルインちゃんは、どうしてそのひとが他の人と違うと思う?」
「……」
大切なひとはいっぱいいる。大切の種類は違うし、順番も着けられる場合と着けられない場合と。
そしてその中でも、彼はルインの一番では決してない。それでも。
「…わかんなくなってきた。でも、違うんだ」
「ふーん」
どうやらミリエッカにも決定的なものは見つけられなかったらしい。話はふりだしだ。
「ミリエッカは」
「ん?」
「ミリエッカは、どうしたら人を好きになるの」
固有名は出さなかった。
「私も、そのひとのことを好きになってみないとわからないよ」
にこっと微笑まれる。ルインは何も言えなくなって、きいてくれてありがとうと頭を撫でる。
ミリエッカは嬉しそうに撫でられてくれるが、こういう風に扱うのも次第に相応しくなくなるのかも知れない。
「いつか、教えてね」
「うん」
「ミリエッカに好きなひとが出来たら、どうして好きになったか話してね」
「いいよ。どっちが早く彼氏つくれるか、もしくはのろけ合戦しようね!」
でもルインちゃんに彼が出来たら寂しくなっちゃう、とミリエッカは不満げにテーブルの下で足を揺らしてこぼす。
その様子は前からと変わらず、ルインの知るミリエッカ。かわいいミリエッカ。
どうか話して欲しい。苦しかったら、悲しかったら。ひとりで泣かないで欲しい。
嬉しかった分だけわけてくれるなんて不公平だ。笑顔だけを見てあなたが好きなわけじゃないんだよ?
「ルインちゃん、そうだ。私ルインちゃんの好きなひとみたい」
「え」
「見たい」
おねだりポーズで上目遣いで見つめられる。
「いいよ」
あっさり頷きつつ、なんでボクの許可が要るのだろうと首を傾げる。
見たければ見たらいいと思う。あの人は見る分にはとても面白いから。
「あんまり近づくと口説かれるから気をつけてね」
「そうなの?ルインちゃん妬いちゃう?」
「ミリエッカがとられちゃったら妬くよ」
お喋りはまだ尽きそうになく、ふたりはお茶のお代わりを注文することにした。
むしろこのふたりくっつけばいいんじゃねと思ってた初期を思い出しながらw
(2010.1.12)
ミリエッカちゃんお借りしました!
セツナ編
結局ミリエッカに相談しても答えに辿り着くに至らなかったわけだが、色々と得られるものは多かった。
ルインは今後も多くの意見を参考にしようと思い、とりあえず街角ウォッチングをしていた。
いわく、街ゆくカップルをひたすら眺めて観察。
得意とする絶妙ステルスで潜んでいるので、たぶん怪しまれることもない。
が。
「…何をしてるんだ、ルイン?」
ばれた。
「ボクが見えた?セツナさん」
「気配を消しすぎていてかえって怪しかったからな…そんなところにいては誰かに蹴られてしまうぞ」
植え込みの花壇の隅にしゃがみ込んでいたのを、ひょいと引き上げられて立ち上がる。
一緒にいたユオにもようやく見えるようになったのか、驚きの目を向けられる。
「あと、私のことはセツナで良いと言っただろう」
だって大切なひとだもんなあ。
ルインだってセツナのことを知れば知るほど好きになった。だからついつい、真似してさん付けが出てしまう。
「そうだ、セツナにもきいて欲しいんだよ。ごちそうするから。ユオも」
「うん?」
「何でしょうか?」
数十分後、ルインはセツナとユオと三人で以前も訪れたパイ専門店にたどり着いていた。
「こんな店が出来ていたのか、知らなかったな」
「素敵ですね、セツナ様」
今日は時間的なところもあるのか空いている。四人がけの窓際の席に案内されて、三人はまずそれぞれ注文をした。
「おすすめはアップルパイ」
「じゃあ私はそれをもらおう」
「わたしも同じものを頂きますね」
「じゃあボクはパンプキンパイにしようかな」
カボチャは普段から色々と馴染みもあることだし(主に外側に)
「それで、話というのは何だ。私で役に立てることか?」
「うーん、とりあえずいろんな人の話がききたいんだ。気分を悪くさせたらごめんなさい」
話す前からルインがこんな風に断りをいれるのはめずらしいことだ。セツナは神妙に頷いた。
「話して見ろ」
「うん。セツナは、好きな人っている?」
「………」
あんまりにも予想外の方向から話題が来たせいか、セツナの表情は神妙のまま、きっかり五秒は固まった。
「好きな人、ですか?」
代わりにユオが答え、首を傾げてくれる。
「うん、好きな人」
ルインは淡々と繰り返す。こちらも一応は大まじめだ。
「それは異性の、ですよね?」
「うん、異性だね。たぶん」
ルインが淡々と答えを返すと、ようやく脳のシナプスがつながったのかセツナの両耳から、頭から、ばふっと煙が上がった(様な気がした)
「せ、セツナ様?」
「な、なななな、なんだ、いきなり、何故そんな話になるっ」
色白で透き通ったセツナの肌が、今やルインの髪ぐらい赤く染まっている。
「セツナは好きな人がいるの?」
「いや、その、わ、私の話はっ」
ルインが問いを重ねれば、わたわたと視線を泳がせながら口ごもる。
眉がへの字になっている。いくらその手の感情をよく知らないルインにもよくわかる。
(セツナは好きな人がいるんだね)
恋をして変になった人はけっこう知っているが(レッカとかレッカとかレッカとか)、やっぱりそういうものなのか、と少し驚く。
恋をすると、その人を想うと、こんなにわたわた、ばたばたと。
時には我も周りも見失うほど(レッカとかレッカとか以下略)、冷静な目で見ればおかしいと思っちゃうくらいになるんだろうか。
(ボクもそうなるのかなあ、自分ではそう変わったように思えないから、これはまだ恋とかじゃないのかなあ)
眉を下げて、困ったように頬を染めてしまっているセツナ。
だって、自分がこんなに可愛く見えるとは、とても思えないのだもの。
恋するセツナ様。イザヤールさん加入前でも加入後でもいいですよ。
セツナとユオは、まだルインが好きな相手を知りません。
(2010.1.13)
ユオ編
「ユオは?」
焼きたてのパイが運ばれてきて、まだあわあわしていたセツナも我に返って、ひとしきり至福の時。
ふたりとも口元をほころばせてこれは美味しい、連れてきてくれてありがとうと言ってくれ、ルインも誘い冥利に尽きるというもの。
で、さらにもうひと皿小さめのチーズパイを頼んで、三人でつつきながらルインが発言した。まるで忘れていたとでも言わんばかり。
「わたしですか?」
「ユオは好きな人いる?」
セツナも、少し興味を引かれたように視線を向けてくる。やはり人の恋話は女の子たるもの気になってしまうのか。
「そうですね…素敵な方がいれば、と思うのですが、なかなか出会いがありませんから」
頬に手を当て息をつく様子からも、その心境に偽りはないと見えて、じゃあユオは今恋をしていないんだねと頷く。
「じゃあ、どんな人が好き?」
今までに好きになった人の話、というのは人によっては失礼に当たるかも知れない。差し障りがないようにきいてみることにした。
「わたしが、素敵だと思う方…」
少し考え込むようにしたユオは、何かを思い描いたのかぽっと頬を染め、
「そうですね、勇ましく精悍でらっしゃって欠けたところなどひとつも見あたらない容姿の美しさと気高い精神の美しさを併せ持つ方で、孤高でらっしゃるのに心やさしく慈愛に満ちあふれほんの時折見せる気を許した笑顔とあどけない寝顔の愛らしさと言ったらたまりません」
なんか具体的にものすごい勢いで語り出した。
「髪は星の光を集めたような黒髪、瞳は黒曜石の輝き、肌は白百合の透明感、流れるようでいて激しさを兼ね備えた剣捌きに、わたし、もう何度も倒れてしまいそうになりました…!」
「ふーん、なんかセツナさんぽい人なんだね」
「そうなんです!セツナ様ほど素敵な方はこの世に二人もいません!」
「なあ…これは私が突っ込むべきなのか?」
もぐもぐとパイを食べて、呑み込んでからルイン。手を組み合わせ、熱っぽく宣言するユオ(ていうか言ってるし)。ひとり、いたたまれないセツナ。
これは…言わない方がいいんだろうが…ユオ、ちょっとあいつっぽいぞ…
(ユオ君とボクはセツナさんという一等星の元に集った同志だからね!)
とかいう幻聴がきこえたような気がした…。
ちょっと落ち着いたユオは、注文したチャイをこくんとのみこみ、ルインににっこりと笑いかけた。
「それで、ルインちゃんはどなたが好きなんですか?」
「え?」
セツナが驚いたように顔を上げ、ルインとユオの顔を見比べる。
「もう、セツナ様ったら、ルインちゃんがどうしてこんな話をしてきたのか解らなかったのですか?」
少しからかうように言いながら、慌てた様子のセツナに向ける眼差しはひたすら柔らかい。
「すまない。私はどうも、こういった話には疎くて、ルインの力にもなれそうにない」
すまない、と繰り返してくれるセツナに、ルインのほうがとんでもない気持ちになる。
「付き合ってくれただけで嬉しい。一緒にパイを食べられた事も嬉しいし」
「そ、そうだな。確かにここのパイは収穫だった」
お互い健闘をたたえ合うような空気で(?)笑顔を交わす。
(パイ、美味しかったね…!)(おまえのパンプキンパイもな…!)のノリで。
「おふたりとも」
こほん、とユオがひとつ咳をして、話題を元に戻してくれる。
ルインはもちろん忘れてはいなかったので、自分の話もきいてもらうことにした。
(うーん、じゃあユオみたいに言った方がいいのかな?)
「ボクよりも、すごく背が高くてかっこいい」
「まあ、そうなんですか」
「うん。それですごく優しい。謙虚すぎず、でもみんなに平等に優しい」
「そうか。それはいいことだな。ルインのこともきっと大切にしてくれるだろう」
「器用で、何でも良くできる。運動も出来るし物知りだし家事も芸術面もたぶん」
「それはまるで欠点の見つからない完璧な男だな」
「恋は盲目といいますけど、ルインちゃん、素敵な方を好きになられたんですね」
「うん。でもまだ恋かはっきりしなくて考えてるんだけど」
ルインは真顔で頷く。
ユオとセツナは顔を見合わせて困ったように、まるで自分事のように考えてくれているようだ。
「その方が素敵すぎて、単に憧れているだけなのか、恋なのかがはっきりしないということですか?」
「……その発想はなかった。そうかあ。素敵すぎて憧れてるだけ…うーん」
ミリエッカによれば、何をどうもって恋とする、というのは人によるらしい。
あわあわすれば恋か。ルインのような、ふわふわしたよくわからないものも恋なのか。
「どんな風に格好良いんですか?」
ユオは彼の容姿に興味があるらしい。ルインはきょとんとしながら。
「金髪で青い目だよ」
「正統派の美形なんだな」
「いつか機会があればご紹介してくださいね」
なんか肯定的な目を向けられる。
ルインはちょっと困ったことになったぞ、と思う。
二人はどうやら、ルインが彼のことについて話しているのだとは、気付いていないらしい。
(だって二人とも、普段対応が好意的じゃないもんなあ…)
あれも愛情表現、といわれれば、まあルインのパーティーもだいぶアグレッシブな愛で結ばれていると思うが。
名前を出したら、どんな反応が返ってくるんだろう。
ルインは賢明にも、黙っておくことにした。(いつか判明したときが、若干楽しみではある)
というわけで、なんかくっついたあとでもセツナ達は二人が恋仲だとは気付いていないような気がしてきたw
「あの二人、仲良いよな」「仲良すぎないか…?」ぐらいで。
ていうかこのシリーズはあえて「彼」で名前は出さないんだぜw
(2010.1.14)
ナイン編
三人の娘さんの目の前には、冬の新作いちごのミルフィーユパイが鎮座している。
切り株をイメージし重ねられた生地に、雪を思わせるクリームと粉砂糖。たくさんのいちごと木イチゴが彩りをになう。
「かわいい…」
「うん、それに美味しそうだねナインちゃんっ」
ルインは向かいに並んで座る二人へ、ずずいっと15センチホールのお皿を寄せた。
「ルインちゃん食べないの?」
「ダイエット?」
残念ながらダイエットしなければならないほど肉感的な体つきではない(ルインは気にしたことがないが)
「二人じゃあ多いよ。ルインちゃんも一緒に食べよう?」
ナインがにっこりと微笑んで、気遣ってくれる。何だかレッカの気持ちがわかる。この子は本当に美少女だ(困ったことに中身もだ)
「いや…これは賄賂だから、気にしないで食べていいよ」
と、自分は注文したコーヒーをブラックで。ルインは飲み物は何でもストレート派だ。(カフェオレと酒は別だが)
「賄賂って、話がずいぶん重くなってきたんだね」
ミリエッカはルインが食べようが食べまいが、一足お先に自分の分をもぐもぐし始めた。…こんなミリエッカもルインは、非常に可愛いと思う。
「ナインちゃんに恋の相談をするんだよね?」
「うんそう」
ちょっとしたハーレム気分だなあとのんびり思っていたルインは、目を瞠ったナインの表情に少し首を傾げる。
「ル、ルインちゃん、恋をしてるの…?」
「それをちょっと相談に乗ってほしくて」
「ええー、ルインちゃんが…」
街ですれ違えば間違いなく、振り向いてしまうだろう美少女が、驚きに打ち震えている。
やっぱりナインはそれでも美少女なわけだが、それだけルインと恋というのは結びつけづらく、驚くことだったらしい。
「わあ、なんか、ドキドキしちゃうね!私で良かったら何でもきいてね!」
と、思ったら頬を染めてウキウキし始めた。アレ?単に嬉しかっただけ?
「……ミリエッカ。ナインってすこぶる可愛いね」
「うん、ナインちゃん可愛いよ」
りんごジュースをちゅーとすすりながらミリエッカが平然と頷き返してくれる。
ルインはあんまりナインと会話する機会がなかった。一対一なんて、数えるほどしかないだろう。
レッカとの恋仲も、ルインはどちらかといえばレッカのほうをよく見て、応援していた気がする。めずらしく女性ではなく男のほうを。
(だって、何となくレッカが頑張った方がいいような気がしたんだ)
ナインはいつだって頑張ってた。レッカも頑張ってたけど、ナインはちょっといっぱいいっぱいな感じだった。
だからルインは何も言えなかったのだ。時々飴をあげたりお茶を煎れるだけで立ち去ったり、ナインに対する応援は、端から見ればちょっと怪しい人だったかもしれない。
でも何だか最近は、レッカとナインも落ち着いてきたようで、ミリエッカによるとちゃんとつきあい始めたらしい。今までも好きあっていたのだが、ちゃんと話がまとまった上で、お付き合いが始まったらしい。
(お祝いも兼ねて)
いちごのミルフィーユは二人に進呈だ。レッカの分は代わりにミリエッカに、ということで。(ていうかレッカはいちごのミルフィーユとか喜ばない)
だいいちレッカには花束をあげている(アレもナイン宛込みだが)
で、まとまったことだし恋の先人に、話をきいてもらおうじゃないかと言うことになった。
「べつにそこまで深刻に悩んでないんだけど、いろんな人に話をきいてたらもう少しはっきりさせたくなっちゃったんだ」
「うん。力になれるか解らないけど、きかせて?」
ルインはようやく本題に入った。
その人は優しくて、自分の中で他の誰とも違う感じがするのだけど、それが恋かわからないこと。
(ユオにきいて思ったことだが)ただ素敵すぎて、憧れているだけの想いなのか、恋なのかそうでないのか、この自分の想いはどう分別されるのか。
「そうなんだ…」
ナインは真剣にきいてくれて、ひとつひとつに頷いてくれる。
「ルインちゃんはそのひとのことが大好きなんだよね。えっと、普通の感じでも」
「うん。尊敬してる」
「一緒にいると楽しい?嬉しい?」
「うん。楽しいし嬉しい」
でも別れるときに悲しいとか、もっと一緒にいたいとかは特に思わないよと自ら説明を補足する。
「……悲しくなったり、する?」
「かなしく?」
とたんナインの表情まで愁いを帯びたように感じて、ルインは内心焦った。
「せつない、っていうのかなあ。楽しいだけじゃなくて、もどかしくなったり、うん、自分のこと、嫌いになっちゃったり…」
「一緒にいるとき?」
「うん。いるときも、いないときも。そのひとのことで、」
悲しいことや、苦しいこと、嫌なことも。
「恋って、嬉しかったりだけじゃないの。絶対、いつか悲しくなっちゃうんだよ」
「……うん」
ナインはすぐにはっとしたように、でもこれは私が思うことだから、本当に絶対って事はないよと笑顔で言ってくれる。
ルインはうん、と頷いて、けれど今回の意見はひどく説得力を感じてしまった。
ナインの顔を、こんなにまっすぐに、間近で見たことがあったろうかと。
ナインが可愛い理由を、真に思ったことがあったろうかと。
(笑顔が一番可愛いのに)
苦しんだり悲しんだりしながら恋をしているから、より可愛く見えるだなんて、ルインは思いたくはないのだけど。
「ありがとうナイン」
「ルインちゃんの力に少しでもなれたら嬉しいよ。ね、やっぱり一緒にいちご食べよう?」
「うん」
今度こそルインは素直に頷いて、フォークを手に取った。
話をきいて、自分でもびっくりするぐらいドキドキしていた。
恋じゃないんだ。じゃあ私のはまだ恋じゃないのかも知れない。
自分でとりあえずそう思ってみる、すると、ふいにぽっかり、胸に穴が開いたような。
これ、なんだろう。
ナインちゃんはなんて言うか…もう、可愛いよね!(なんの要領も得ない発言)
恋の先人はルインに何か波紋を落としてくれると思って!
(2010.1.15)
ナインちゃんお借りしました!
「ナイン、可愛いよね」
「……」
てゆーかなんでボクはレッカと表通りに並んで立っているんだろう。
「…ミリエッカが」
「ああそうだった、そうだった」
口に出してもないのにルインが言いたいことを察したレッカが低い声で一言。
ミリエッカになにやら頼まれたらしい。ルインちゃんの一大事なの!レッカも協力して!という感じで。
「…おまえ達…仲良いよな」
「うん、まあね」
平然と言う。
ぴゅうぴゅう寒い風が吹き荒れる街のど真ん中で、暖は売店で買った飲み物だけだ。
それもじきにぬるくなり、いずれ遠くない未来コールドドリンクになるだろう。
でもレッカとパイ屋さんとかカフェとか寒いよね。心境というか絵的に。外に立つより寒い。
「外に立つ方が寒い」
「ううう何この相変わらずの以心伝心。気持ち悪いえくしっ」
へんなくしゃみ…感心したように言いながら、レッカは自分のマフラーを外し、ルインの肩から、腕の上からぐるぐる巻きにする。
「何これ緊縛プレイ?」
「…ルインもそういうことを言うようになったんだな」
「……」
「……」
また結局無言で、二人横に並んでひたすら街ゆく人々を眺める。
「ボク、レッカがナインのこと、今みたいにめろめろになる前は、レッカのこと解ったんだよ」
「……」
「だからレッカは変だヘンだ言われてても、そんなに変だとは思わなかったんだ。どっか似てたのかな。認めたくないけどね。今は、よくわからないときがあるよ」
寒いのか、かちかちと歯を鳴らしながらルインは早口で伝えたい言葉を口にする。
「これってやっぱり恋が解らないからかな」
「……」
レッカはずっと黙って、目を伏せている。寝てるんじゃないんだろうかという気がしてきた。
「起きてる」
そう。よかった。どうしても答えがもらいたいわけじゃないからべつに寝てても良かったけど。
「でも少し解ったよ。ナインはものすごく可愛い」
「……」
「あいたっっ!」
「ナインが可愛いのは当たり前だろ」
ずべしと音が響きそうなほど、容赦のないデコピンを食らってルインはもんどり打ってしゃがみ込んだ。少し満足した。
場が和むような反応を返してくれて嬉しかった。
(なんか気がつけば、いろんな人に心配かけてるんじゃないの、ボク)
こんな大事にするつもりはなかった。嬉しいけど、やっぱりどうでもいい。
ボクの気持ちが恋かどうかなんて、そんなたいした問題じゃないのに。
「…俺も、ルインには色々と貰ってる」
(……何を?)
唐突なレッカの言葉にすぐ理解が追いつかない。
「返せる機会があるなら、とずっと思ってはいた」
(レッカ)
「レッカレッカ。熱があるんじゃあいたっ!」
デコピンもう一発。ルインはぐるぐると回って痛みに耐える。
「…ルインはそのまんまでいいんじゃないか」
恋を知ろうが、知るまいが。
自分がデコピンした額を、レッカは手のひらでなでなでと撫でる。
レッカのひらいた指の間越しに、紫の瞳を見上げる。いつも通りの真顔。
それでもルインには、レッカが何だか労る目をしているように見えた(でこぴんしておいて)
レッカは真顔のまま、たんたんと告げる。
「ルインは一般的に可愛いと思う」
まあ、俺は可愛いとかそういう風には思わないが。一般的に可愛いんだから、大抵の恋にプラスになるだろう。
そう言いたいのだと、言われなくてもルインにはわかる。
レッカなりに、レッカらしい、エールのつもりのようだ。
「…恋してさ、レッカみたいになるのはちょっと嫌だなあ」
「デコピンもう一回欲しいか?」
照れ隠しの一言に、レッカは少し目元を細めながら、額を撫で続けてくれる。
レッカくんお借りしました!
恋愛相談とはちょっと違いますが、仲良しなレッカとルインをおまけで。
レッカくんがどうしても別人の気が拭えず修正しましたw(2010.1.16)
起こりそうで起こらなかった身内編
もはや家族くらいの近さなので、恋愛相談とか出来ないわけです(後々のリスクも含め、みんなのことはよく解っているのです)
ユリエル編
今日のルインは、カボチャだった。
最初は宿の呼び込みを、いつものように芸をしながらやっていたのだけど、おかげさまで大盛況。本日の宿はほとんどが満室となってしまった。
部屋もないのに案内をするようでは、宿にもお客様にも迷惑。
ルインはカボチャのまま、時間を持てあまして広場のベンチに座っているわけである。
と、目の前からたたっと軽やかな足音が近づいてきた。ルインが頭を上げると、足音の主はちょっと目を瞠る。
結い上げた深い青の髪、毛先がくるんと可愛らしい。
ぱっちりと大きな、雨上がりを彷彿とさせる空色の瞳は、ルインのカボチャをじっと見つめ、やがてにこっと笑顔を浮かべてくれた。
「隣、座ってもいい?」
「うん、いいよ」
ありがとうっと律儀に返してくれ、女の子はルインの隣、ベンチにぴょこんと腰掛ける。
座ってじっとしていても、体中からそわそわと落ち着き無い気配が伝わってくる。何か楽しみなことがあるのだろうか。見ているだけでこちらまで嬉しくなるように、瞳を輝かせて。
「いい天気だね」
「うんっ、そうだね!」
時間を持てあましていたのはお互い様らしく、ルインが話しかけると女の子は嬉しそうに答えてくれた。
「デート日和だね?」
「デート?あっ、ううん。違うんだ、エヘヘ。今からお友達とケーキを食べに行く約束をしているの」
ルインは知らず、カボチャの下で微笑みを浮かべる。やっぱり笑顔はいい。
特にこの子の笑顔は、本当に幸せが伝わってきて。
「でもちょっと遅れてるから…どうしたんだろう」
ベンチの上で膝を抱え、街ゆく人々へ視線をやる少女。と、くきゅうと可愛らしい音が鳴って、白い頬が真っ赤に染まった。
「ふふ。良かったらどうぞ、お友達にも」
ちょうど手持ちのクッキーを、巾着包みごとプレゼントする。呼び込みの際の今日のあまり、ルインのおやつになる予定だったものだ。
「えっ!?で、でも、いいの!?」
「うん。でもケーキが入らなくなっちゃったら大変だから、今は一個にしたらいいよ」
「ありがとう!」
抱きしめるようにしてクッキーを受け取ってくれる。
ああ、この子の笑顔好きだなあ、と思う。ずっとずっと笑っていて欲しいと思う。
「じゃあ、退屈しのぎに、ちょっとだけ」
ルインが手袋をした手を叩くと、手のひらからにょきにょきとぬいぐるみがうまれる。
オレンジ色のちょっとぶさいくな子犬だ。
「やあ!ぼくカボチャからうまれたボチャ犬!」
「ぷっ、くすくす」
おどけて変な声でぬいぐるみをぺこぺこと動かす。
少女はひとつひとつに声を上げて笑ってくれる。お腹が空いているのも、待ち合わせの退屈さも、これですこしでも紛れたらいいな。
「ふふ、笑い過ぎちゃった。そう言えばあなたは、待ち合わせ?」
「うん?」
カボチャ頭を傾げるついで、手のボチャ犬も一緒に首を傾げる。
「なんか、待ってる感じがしたから。お話ししてくれて、クッキーくれて、笑わせてくれてありがとう!」
ぴょんっと、座ったときと同じような身軽さでベンチを降りる。
「やっぱりすこし心配だから私、探しに行ってくるね!」
ありがとう!ともう一度。裾フリルのスカートを翻して、颯爽と少女が手を振って去っていく。
街の女の子と少しも変わらないような屈託の無さと釣り合わない、熟練の剣士のような身ごなしを思った。
彼女も旅人なのか。ならば不思議はないけど。
旅で辛いことがありませんように。あの笑顔があんまり悲しみに曇りませんように。
すこしだけの接触だったのに、ルインは少女の笑顔を大切に胸にしまい込んでおく。
そして、ベンチの上で、カボチャ頭のドラゴンメイル(怪しさ大爆発)は、膝を抱える。
手のぬいぐるみを、ぺこぺこと動かす。
「待ってるの?きみ、だれを待っているの?」
「待ってないよ、少なくとも待ち合わせをした覚えはない」
「じゃあどうするの?あの子みたいに探しに行く?」
オレンジの子犬が首を傾げてルインに意見を求めてくる。
「……探しに行こうか」
ルインは、ぴょいっとベンチから飛び降りた。
ユリエルちゃんお借りしました!
ほんの短い時間ですが、ユリエルちゃんと結婚式より先にルインは会ってるよ!という話でした。
間が持たなくなるとうちの子はとりえあず手品なのかw
恋バナ編もあと1話です!
(2010.1.17)
????編
セントシュタインでの興業?呼び込み?とにかく滞在は長いので、ルインを知っている人もいるし、カボチャ頭ごときで騒ぎになることはない。
ルインはそのままの格好で街を歩き続ける。お菓子屋さん、服飾屋さん、道具屋、ありとあらゆるところに顔を出す。
ひとつ足跡を残すごと、ひとつ時間の針が進むごと、ルインは何だか焦りのようなものを感じ始めていた。
(一緒にいられないときはどんな気持ち?お別れするときは?)
…平気。いつだって、笑顔で愛を囁いているのだろうと信じられる。
(素敵すぎて、単に憧れているだけなのか、解らないと言うことですか?)
憧れてる。尊敬してる。けれどそれだけだったら、他にもたくさんいる。
(恋すると、悲しくなっちゃうの)
……いつも、嬉しい気持ちばかりを貰っている。
(いいんじゃないか、そのままで)
ありがとう。
(探しに行ってくるね!)
うん、探しに行く。
「ルイン君?」
前に進んでいたのに、声が後ろからかかって、カボチャ頭は振り返る。
「ああ、やはりルイン君だね。急いでどこかに行く途中かい?」
引き止めたのなら悪かったね、と謝ってくれる言葉に、うん、とカボチャ頭が前に傾く。
「レイヴァンに会いたかったんだ」
「そうなのかい!きっとボク恋しさに涙で枕を濡らし眠れぬ夜を過ごしたのだろうねっ。ごめんよルイン君、でもボクの身体はひとつ!愛はみんなのものなんだ」
「うん、昨夜は10時間くらいぐっすりしたけど、うん」
(あいたかった)
ここのところレイヴァンの話ばかりして、その事ばかり考えていたからだろうか。
何十日会わない日もあったのに、ここ数日だけで何だか会いたくなってしまっていた。
レイヴァンの顔を見上げる。彼はいつも通り煌めくような笑顔。
うん、レイヴァンだ、と思う。じっと見上げ続けていると、ふっと顔が涼しく見通しが良くなった。
カボチャの頭を、取り上げられてしまっていた。
「ボクにも、ルイン君の愛らしい顔を見せてもらえるかな?」
あまりにもボクが美しくて、恥じらってしまう気持ちもわかるけど!今日のレイヴァンは妙にノリノリだ。まあ、いつもレイヴァンはこんな感じだけど。
彼はにっこりと微笑む。ルインが好ましく思う、整った顔立ちで、サファイヤの眼差しが見つめ返してくれる。
「ボク、レイヴァンが好きだよ」
ふいに、口をついた言葉に、ルインは自分でもびっくりした。
それはレイヴァンも同じだったようで、ぱちくりと数度瞬きを繰り返すと、
やはり、心得た風に笑顔を浮かべる。
「ボクも、ルイン君が好きだよ。いつだって君の味方さ!」
うん、と頷く。
ルインは胸がいっぱいになるのを感じる。
すこし手を伸ばせばふれられそうな指に、さわりたいと思ったが、やめておいた。
会いたいと思ったので探してしまった。
レイヴァンがたとえ素敵じゃなくてもいいやとか思ってしまった(だいいち全部が素敵とは思っていない)
こんなにみんなに迷惑を、結局かけてる自分に自己嫌悪。
うん、恋かも知れないね。すこしみんなが言ってるのと、近いかも知れないね。
でも、この気持ちがなんだっていいや、と思うのだ。
ルインは、レイヴァンのことが好きなのだ。特別の好きだ。
わかっているのは、それだけでいいんだ。
どうにも転がらずに(笑)恋バナ編終了。
でも今後ルインは、「私はレイヴァンが好き」という自覚で生きていくよ!
(2010.1.17)