夢の話

 



 例えば、今度は違う季節に訪れてみて。
 春なんか、いいんじゃないか。ぽかぽかとあたたかな陽気で、あのあたりは長く厳しい冬を越えて、本当に美しい季節を迎えるらしい。
 世界中が、喜びに満ちあふれているような、息をするだけで胸が躍るような春を迎えるらしい。
 まだすこし肌寒さの残る道を、懐かしく思いながらたどって、記憶通りの家を見いだす。
 変わってないなあと思いきや、ドアが新しく塗り直されていたり、ベンチに可愛い彩りが増えていたりするんだ。
 春だからなあ、なんてのんきに思って、緊張を抑えきれずに、でもそれを待ちきれずに扉を叩く。
 ぱたぱたと足音が近づく。
 ごほんごほんと咳払いなんかして声を整える。無国籍なコートを上着に選んできたけど、おかしくはないよな?
 誰が出てくるだろう?ひとの数、その場面を想像してみる。
 ―――――金髪が陽の光を受けて、まぶしさに目を細め、はにかむ。
「よっ、久しぶり」
 びっくりして目を見開く、それは確かに女の子と見まごうほどだった美少年で。
 何だかすっかり手足が伸びて、男らしくかっこよく育ってる。無駄に誇らしさに胸が満ちる。
「トキ?」
 どうだろう、どういう反応をするのだろう?そこで彼は、ぱっと笑顔になって、くしゃくしゃに顔を歪めて、昔のまんま。感動のあまり抱きついてくる。
 外国風愛情表現。何というか俺はもう、照れくさく突き放すことなくしっかりと抱き返すことが出来る。
「どうしたの、会いに来てくれるなんて知らなかったのに!」
「どうしても伝えたくてさ」
 そうして俺は、取得したばかりの教員免許状を広げてみせる。
みんなは自分のことのように喜んでくれて、今日はゆっくりしていってと、家の中へと誘ってくれる。
 ――――――夢はいつもそこで終わる。
「………」
 問題集とノートの積み上げられた机の上に突っ伏して、居眠りをしていたらしい。
 夢はまだ、叶えられてはいない。まだまだ、まだ、手の届く位置へはとても遠く。
(現実逃避、っていうんだろうか、こういう夢を見るってことは)
 頭を振って目を覚ます。逃避ではない、俺はあの世界を逃げ場所にはしたりはしない。
 ただ、どうしようもなく焦がれる想いが、まだ俺のなかにもあるってだけだ。
(寂しがったりしてはいけないとは言われなかった)
 そうして再び、シャープペンを取って俺の戦いを始める。

 

 


 


夜が明ければ必ず来るの



 けして広くない家の中だ。喋ればもれなく誰かの耳にはいるだろうし、寝相の悪さなんてもってのほか。
 幸い朝のそれは人並程度だったので、誰に迷惑をかけることなくソファの上にうずくまって眠ることが出来る。
「…アニエス?」
 ふと、同じ部屋で休んでいるはずの少女が身じろぎをしたように感じて、息を殺して聞いてみた。寝ぼけているのなら寝息が聞こえてくるだろう。けれど呼吸は不自然に途切れたまま。
「アニ…」
 もしや具合が悪いのだろうか、心配になってそうっと近づいてみる。
「…っっっ!!!」
 がつん、昨日のうちに片付けはしたが突貫工事だ。朝はうっかり積み上げられていた本の塔に足を打ち付けてしまった。
 あまりの痛みに声を上げそうになるが、真夜中のこともあってこらえた。
 けれど崩れた体勢は立て直せずにそのまま、前に倒れ込んでしまう。
「…ッ!」
 アニエスに激突する事態だけは、と腕を突っ張って何とか顔から床に激突する事態は避けられたようで。
 が。
「〜〜〜〜!!!」
 目の前に、見たこともないようなきれいな女の子の寝顔が飛び込んできた。
 すこし顔を前に出せばキスできそうなほど近くにくちびるがある。
(ちょ、不可抗力不可抗力!ごごごごめんアニエス…!!)
 あわてて、(だが声はあくまで殺したまま)飛び退く。心臓が口から出そうなほど驚いて、動悸が鳴り響いて息が苦しくなっていた。
「…う」
(あ、アニエス、また…)
 自分の動揺もかなりのものだが、アニエスの様子に、再びおそるおそると顔をのぞき込む。
 うなされて、いるのだろうか。死んだように眠るアニエスの顔色は白く、朝を不安な気持ちにさせる。
 そうっと、起こさぬよう頭に手を伸ばし、撫でてみる。眠れないとぐずる妹にこうしてやると寝付きが良くなったのを思い出して。
(髪超キレー、さわるのきもちいい)
 うっとりとした心地になって撫で続ける。次第にアニエスの顔も安らかに落ち着いて、朝はほっとすると自分のソファに再び戻る。  

 

 

 

 


(2009.10.4最終)