お題→新婚さんに贈る7つのお題(数字は題順)「TV


2 あたらしい名前



「よし、じゃあ今日からふたりはクロスさんだ!」
 群青がぽんと両の手を打って提案した。
 つぐみの頭には、黒須さん、と祖国の当て字が浮かぶ。
 黒須つぐみ。間違えた、ツグミ・クロス。これが今日からツグミの名前だ。
「じゃあサザは…」
「サザン・クロスでどうだ!」
「……う、う?」
 字面はいい。字面は。なんせ南十字星。しかしこの、全世界がガーノスピル語を共通語とする世界で、なぜ群青が英語を知っているのだろう。
「えーご?ツグミの世界で違う国の言葉?へえ、それは知らなかった。サザンさんってのは、トキに聞いたんだが」
 そうだったんだ。あの武道館もいっぱいにする大物アーティストを思い出して納得する。
 もちろん、これはすべてリビットの名前を隠すためだ。
 サザと、ネネの両名は例の一件から呪術師協会と国の機関、両方から重要参考人として指名手配されているという状態だった。
「ま、大規模ってほどでもないし、あちらさんもそこまで時間も経費も割きはしないさ。でも国境警備はしばらく厳重だろうから、ほとぼりが冷めるまで国内でゆっくりしてるといい」
 俺が連れてフェイまで行ければ良いんだが、申し訳なさそうに笑う群青に、ツグミはそんなことまで迷惑はかけられないと、両手を振った。
「寂しいこと言うな。兄ちゃんに遠慮するんじゃない」
 優しくいたわるように頭を撫でられる。ごめんなさい、とツグミはうつむく。顔が真っ赤になるのが解った。
「おちついたら、い…かえる。ぐ、群青おにいちゃんとこ、うちに、かえるよ?」
「うん、歓迎の準備をして待ってるよ。というわけで、サザ!」
 と、今までいるのかいないのかも解らない静寂を保っていたサザに、いきなり話を振る。
「妹を頼んだ!サザも無理すんなよ!ふたりになんかあったら兄ちゃん泣くぞ!」
「…おまえに言われる筋合いは」
「あるって!ツグミと俺が兄妹になったからには俺とサザも義兄弟って事に」
 何だかうんざりとしたような目で一瞥され、ふいっと顔ごと逸らされてしまったので群青はそれ以上の説得を諦めた。
「ツグミ、元気でな。身体をいたわるように」
「うん、ありがとう」
 きゅっと、もはや何の抵抗もなく軽い抱擁を交わす。
「サザに不埒な事されそうで、もし嫌だったらちゃんと拒むように」
 今度こそ、ツグミの顔は余すところ無く真っ赤に染まった。 

 


6 信頼よりも愛がある



 というわけでふたりは、再び旅立った。またふたりきりで。
 変わったのは名前の他に、姿形も少し変わった。
 サザが髪を切った。いつも束ねられ肩に流されていた尻尾が無くなるのはすこし寂しいが、ツグミは顔がはっきりとより見えるようになって、それが素敵だとか思ってしまっている。
 ツグミは反対に髪が伸びてきた。出会った頃はほとんどショートだった髪が、自然の法則に従って今は背中にかかるほど。黒く癖はあるが艶のある毛先が、ふわふわと肌をくすぐる。これからの季節、確かに長い方があたたかいけれど。
「かみが黒いの、めだつ、よね?」
「伸ばしていろ」
 どうしようかと困っていると、サザがその迷いを一蹴する。
 そう言ってくれるなら、とツグミはそのまま伸ばすことにする。もしかするとサザは長い方がすきなのかもしれない、と良い方に考えれば、髪の手入れも心弾むものだ。



「えっと…」
 道中、ツグミひとりでは困難な道などいくらでもある。
 サザは何も言わずに手を貸し、時に抱きかかえて難なく踏破してくれる。出会った頃とは雲泥の違い。
 抱き上げて歩いてくれたりすることに、恥ずかしかったり、それと同じぐらい嬉しくなったりする、自分の心境も雲泥の違いだ。
(最近頭の中が恥ずかしい)
 ずっと赤面しているような気がするが、サザのほうはいたって平然としている。こちらは見た目、変わったところを見ない。
 もちろん、気遣いやふとかけてくれる言葉など、端々に感情を向けられて嬉しい。
(恋ってすごいな)
 と思うと同時に、恋とはなんて強欲なのだ、とおののきもする。
 サザがどう思ってくれているのか知りたい。個として大切に思ってくれているのはもう疑ってはいない。
 けれど、女の子としては。
 群青の忠告を思い出して、また恥ずかしい思いに苛まれるが、そもそもそんな心配、今のところはないと思う。
 必要がない限り、サザはツグミに触れてこようとはしないから。
(最近、頭の中が本当に恥ずかしい)
 熱が出そうだ。

 

 


7 何があろうと離れません



 ツグミが最近、よく言葉を詰まらせては顔を赤くして黙り込む。
 そういうときは、何を言いたいのか、言うまで黙って待つのだが、けっきょく言わずに終わることも多い。
 俺が言葉を封じてしまっているのだろうか。
 サザは最近よく考え事をする。以前に比べると比較にならないほど考える。
 主にツグミのことを。というかツグミ以外のことを考えている時間がほとんど無い。
 何を考えてるのか何をのぞんでいるのか、表情を仕草を目の動きを、やはり観察して、察知しようと試みる。
 あんまり考えすぎているので、サザは自分がどうしてここまでツグミのことで思考を占めているのか、何となくではあるが認識するところまで辿り着いてしまった。
(俺は、ツグミと離れたくないのか)
 今更だった。それは以前から己の中でも認めていたところであるし、けれど今になっての確信である。
 離れたくないし、離すつもりもないが、ツグミが離れたいと思った場合、サザにはどうしようもないかも知れない。
 ツグミにはこの世界にも群青がいる。あの男は行き場所のないツグミにサザ以外の選択肢を与えて去っていった。帰るところを。
 もしツグミがサザに失望したり、嫌悪するようなことがあったら、何の問題もなく離れられる。
 離れたところで、ツグミの安全は保証され、彼女はこの世界で生きていける。
 というか、今まさにツグミが寒さの厳しくなるクォの冬、野歩きをしてまで旅を続けなければならないのは、サザのためだ。
 サザと一緒に、いるためだ。
 嫌われたくない、悲しませたくない、ずっと側にいて欲しい、などという、ごく当たり前のありふれた感情を、サザはどうやら抱いているらしかった。
 それを、認識しはじめていて、だから考える。今までとは比較にならぬほど。
「ツグミ」
「ハイ」
 根本に生えているキノコなど見つけ、つついているツグミを呼んでみる。さして意味もなく。
 弾かれるように、すぐに返事が返る。
 ただ返事が返ってくる、それだけのことで、サザがツグミを抱きしめたい衝動に駆られ、それと葛藤していると知れば、どんな顔をするだろう。

 




3 蜜月の罠

 とある街について、しばらく滞在することになった。
 のどかな林業で栄えた街で、冬場は狩りや家の補強などして過ごす。
 冬季は極寒のクォで、晴れた日は比較的あたたかで、過ごしやすい街だ。
 すこしの滞在で路銀を稼ぎ、次の街へと移動と繰り返していたサザとツグミは、厳寒期のこともありいつもより長めにこの町に留まっていた。
「で、でどっちから告白したの?ああんいいわよねえ、新婚さんって」
「いっちばん良い頃よねー、はあ、あのころに戻りたいわあ」
「う、うう」
 元傭兵の腕を買われて見回りと狩りに出ているサザを待つ間、ツグミは街の若奥様たちと家事の手伝いをする。
 当然、女ばかりが集まればこんな話題の標的にされる。
「あんまりいじめなさんな。あの強面で無口な旦那さんは奥さんをいじめたモンには女だろうと容赦無さそうだ」
「それもそうだ」
「うう…」
 明るい笑いが沸き起こって、女たちは口々にごめんよ、からかったりしてと謝ってくれる。
 当然のように夫婦と思われている。若い男女が連れだって旅なんて、普通ならそう思われても仕方がないのだが。
(夫婦どころか、恋人同士でもない気がするんだけど)
 サザのほうも色々とからかわれたりしているのだろうか。彼はいつもの調子で否定もしなければ肯定もしていないのだろうけど。
「さて、そろそろ男共も戻る頃だ。ツグミ、アンタの料理で旦那を労ってやんな」
「う、はい」
 旦那様ではないけど、頑張って作った野菜のシチューは食べてもらいたい。きっと外は寒かっただろうから。
「そうそうツグミ。帰ったら真っ先に、あたしたちが言ったように聞くんだよ」
「え、あ。うあ…」
 とたん、その場にいる女性たちの視線が一斉にプレッシャーとなってツグミにのしかかる。
 彼女たちは楽しんでいる!やはりツグミたちを娯楽のように!
「じゃないと独身連中に旦那に色仕掛けするよう仕向けるよ」
(それはイヤ!)
 まさかなびくとは思えないが、サザの側に他の女性が寄り添うなど、視界に入れるだけで心臓に悪い。
 まあ実際近寄ろうとした時点でサザの眼光に瞬殺されるだろうが、自分がその対象になった事がないのでツグミはまったく気づけない。





「おおー、帰ったぞー」
 街一番の広さを誇る集会場。
 見回りを兼ねた狩りから戻った男連中が、どやどやと戸口から入ってくる。
 外套に着いた雪や、靴の泥汚れは玄関先で落としてしまうのだ。そうこうしてるうちに、手ぬぐいや湯の桶を持って女たちが奥から出てくる。
「お疲れさん。今日の獲物は?」
「猪が二頭。鹿が一頭。雉が五羽ってとこか」
「へえ、しばらくは保つね」
 そこかしこで歓迎のやりとりや成果の報告がされる。ツグミも後れを取ったが、桶を保ってぱたぱたと駆けつけた。
 サザは一番端にいて、ツグミが目の前で立ち止まるまでずっと目で追っていた。
「あ、あの、サザ、おかえりなさい」
「ああ」
 とたん、あたりにいる女性陣たちの視線が一斉にツグミ達へ向けられる。あからさまではないが確かに、盗み見るように。
 それを感じて一気に全身の体温が上がる。今から口にすることが、恥ずかしい。言葉を知らない頃だったらどれだけ楽だったか(それもそれで後から恥ずかしかろうが)
「サザ、あの、今からごはんと、おふろと、それとも」
「ツグミ」
 ギャーッッとあたりが黄色い悲鳴で包まれた。
 もはや言葉もなく固まっているツグミを気にした風もなく、サザは手を伸ばしてツグミの髪についと指を滑らせる。
「葉がついている」
「え?あ…あ、りょうりに入れたハーブ?」
 とたん、先ほどとは一転がっかりモードがあたりから漂う。
 ツグミひとりがほっとしつつ、ドキドキと鳴り止まない心臓に頬を両手で押さえる。
「どうした」
「なっ、なんでも、なんでもナイッ!」
 ぶんぶんと頭を振る。



 まさかこの世界でも、あの新婚さん会話が鉄板だとは思わなかった。

 

 





5 誓約


「神がはじめて目にしたものが祖であったように、最後に目にするものが貴方でありますように」
「私の血にかけて」
「私の骨にかけて」
「よろしい。今ふたりの魂は大地のもと結ばれました。どんなものもこの絆を断つことはないでしょう」
 神官の言葉に新郎新婦は頷き、固く結んでいた手に、それぞれ順番に唇を寄せる。
「おめでとう。あなた方はこの時から天地に認められた夫婦です」
 わっ、と、宣誓が終わると歓声が上がる。
 長い冬を終え春を迎える頃になると、花の兆しと共に心躍る知らせが増える。
 出産、進学、成人、結婚もそのひとつだ。
 この街の民族衣装、盛装となる服を、間借りしている女性から借りて着てきたツグミは、この結婚式に出席できて本当に感動していた。
「リヤネさん、きれい〜…ぐすっ、うう」
「ちょっと、アンタ本当に泣き虫ね!花嫁より泣いてどうすんのよ!」
 リヤネの友人として同じく出席している既婚者の女性が、隣の席でツグミの涙をハンカチで拭ってくれる。
 冬場から滞在し続けているこの街にも、ずいぶん長居してしまった。
 春になれば旅立とうと話していたのだが、サザはこの結婚式の日まで待ってくれた。
「でも、よかった…はなよめ姿が見られて、うれしい」
「…本当に行くの?ずっといればいいじゃない。その、一度出かけてもさ、帰るとこないならまた戻ってきて、ここで暮らしたら」
「うん、ありがとう」
 でも、とツグミは首を振る。
 ここに居続けたら、いつか迷惑をかけるかも知れない。ただでさえ長居しすぎたと思っているのだ。
「そっか、うん…あんたたちにも行くとこあるのよね。じゃあま、無理しないで頑張って。ツグミは身体弱いみたいだしさ」
「うん」
「子供なんて出来たら旅なんてやってらん無いわよ」
「……」
 さすがにこの手のからかいにも耐性は付いたが、ツグミはまだまだ真っ赤になってうつむいてしまう。
「あ、あの、さっきの、意味を聞いてもいい?」
 神がはじめて目にしたものが祖であったように、最後に目にするものが貴方でありますように。
「ああ、アレね。創世の神話になぞらえた言葉よ。最初の生き物は植物の、一本の枝だったんですって。でも植物って自分じゃ動けないでしょ。ある日自分以外の枝を見つけて、もっと近づきたいと思って、身体が動くことに気がついた。それが最初の生命になったって話。だから…」
 ものすごく砕いて、彼女は意訳をしてくれた。
「死ぬその時まで、この目に貴方を映していますって事よ。死ぬまでずっと一緒と誓う言葉」
「……」
 素敵かも知れない、と思う。
 ツグミがこの世界に来てはじめて目にしたものはサザだった。言葉にして誓ったことはないけれど、出来たらそうなればいいなとは、胸にずっと秘めている。





 その夜、ツグミはサザに与えられた部屋までやってきて、結婚式の感動を全身で伝えた。花嫁は綺麗で、式は神秘的で、本当に素敵な結婚式だったと。
 その時のことを思い出して涙がにじんでしまいそうになった。慌てて拭う。
「きたいか」
 いきなり、何を言われたのか解らなかったので、首を傾げて続きを待つ。
「花嫁衣装が着たいか」
「!」
 何を言われたのか、ツグミはちゃんと、勘違いも何もなく正確に受け取ることが出来た。
 サザは他意無くすごいことを言うこともあるが、これは、おそらく違う。
 ちゃんとツグミの意を、察しての言葉だ。
「いい。衣装も、着てみたいけど」
 ツグミは胸を押さえ、息苦しいほどの目眩の中、しっかりとサザの顔を見据えて告げる。
「ち、ちかっても良い?わたしだけでもいいから、ちかいの言葉を言ってもいい?」
 気がつけば、びっくりするほど身体が近い。あれ、いつのまにか、壁際にいる。
 追いつめられてどうしようもなく、サザを見上げる。意を決して口を開く。
「神がはじめて目にしたものが…っん」
 手を取られて口づけられた。誓いの言葉は途中で遮られてしまった。
 頭が真っ白になる。今自分が何をしようとして、そして今どうなっているのか。
「ひとりで誓うな」
 唇を離したサザが、すこし気分を害した風に言う。
 取られた手の甲に、唇が触れる。そして手を返して、サザの手がツグミの唇に触れた。
(誓いの言葉まだ言ってないのに)
 そのあとは、何か口を開くたびに唇をふさがれて、誓いは最後まで言わせてもらえなかった。
 

 

 
1 月も隠れる新婚初夜

 サザはツグミがたじろぐほどに潔かった。
 まあ、ツグミのほうが潔かったことなど数えることしかないのだが。
 抱き上げられ運ばれて、さすがに身体を強ばらせたが、耳にサザの胸が触れてひどく早い鼓動が伝わってきたので、それだけで何だか落ち着いてしまった。
「……っ、は」
 さっきから何の言葉も交わさずに吐息ばかりを交わしていて、ツグミを抱きすくめたサザの手は頬に触れ、肩に触れる。
 明日になったら恥ずかしくて死ぬんじゃないかと思うが、今はとりあえずあたたかさにしあわせを感じる。
「…サザ」
 まあ今更逃げるつもりもないとして、相変わらずサザは眉ひとつ動かしてないのですこし口惜しくなった。
 表情が無くたってサザに感情はある(怒りはわりと顔に出るけど)
 現に今だって、自身が動揺するほど興奮している。いつも抑え切れている情を持てあましてツグミに触れる。
(このまま、ツグミに触れたらどうなるんだ)
 ふと、すこしの思考が介在すれば、サザはそれだけで身を引こうとする。けれどそれを遮ったのはツグミだった。
 サザの感情の動きを、誰よりも察するのが早い。
 服の袖を握りしめて、怯える小動物のようなのに、覚悟を決めた眼差しで。
「……ッ、サザのっ…、ものにしてください…っ」
「……」
 誰がそんな台詞を教えたのかと、その相手に対する嫉妬を覚えつつ、躊躇と理性が飛ばない男がいたら見てみたいものである。
「…っ、ん、ぅ」
 容赦なく、打って変わった嵐のような口づけを受け、ツグミはすぐさま後悔しそうになるのだが。
「―――――ツグミ」
 唇を合わせたまま、熱を込めて呼ばれる。
「――――おまえはかわいい」
 サザが笑う。
 にっこり、そんな形容が似合うような、しあわせそうな笑顔。
「………っ」
 先ほどの後悔と羞恥なんて、一瞬で全部吹き飛んでしまう。
(サザの笑顔のほうがよっぽど可愛い)
 伝えようとしても、すべて相手に奪われて無駄になる。
 今夜ぐらいはお互いのことだけを考えよう。

 

 

 

 

 

 


4 相談はコウノトリに



 サザは実は、びっくりするほどツグミにあまい。
 外から見ているだけではあまりよく解らないが、その対象であるツグミ自身には、それがよくよく解る。
 道中はたびたび身体を気遣い、すこしの段差でも問答無用で抱き上げて運び、足に怪我をしようものなら完治するまでその状態だ。
 街に着いても変わらない。口に出しはしないがツグミが店の軒先で陳列物に目を奪われるたび足を止め、いるのか、ううん、いいのか、というやりとりが無言で交わされる。
 サザはなんだってツグミがのぞむなら与えるだろう。長年の傭兵生活の割に質素に暮らしていたため貯金は無駄にあまっている。
 けれどそれは、ツグミが何も望まないような娘だからこその愛情かも知れない。
 何も要らないのだ。お互いさえいれば。この手があるのなら。
 ある時、街中の広場で小さな子供たちが遊んでいた。赤ん坊を抱いた母親たちも談笑している、平和な光景。
 かわいいなあ、と思って通りすがりにツグミは見ていた。
 ひとりの男の子の投げたボールが、ころころと転がってツグミ達のほうへときた。
 それを追ってきた男の子に、はいっと渡してあげる。男の子は乳歯が抜けたばかりなのか、歯の欠けた口をおおきく開け、ありがとう!と言って笑ってくれる。
(ふふ、かわいいなあ)
 あんまり微笑ましく、ツグミが長く眺めすぎていたので、サザはいつものように、聞いた。
 いつものように。
「欲しいのか」
 ツグミはすこしの間を置いて、真っ赤になった。何を、と訊き返すほど、付き合いは短くない。
「…サザの子供だったら」
 真っ赤になったまま、ツグミはどうしようもなく素直な返事を返した。
「…そうか、俺にしか出来ないことか」
 当たり前なのだが、言われてみてそう思い当たったらしく、サザはどことなく嬉しそうにも見える。
「きっとツグミの子ならかわいい」
 さらっと言われるので、ツグミをさらに照れさせるのだが、もう少しその熱が引けば、
「わたしとサザの子どもだからかわいいのよ」
 言ってやらねば、とクロスさんちの若奥様は思った。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5年分の砂糖を使い果たしました。
(2009.11.22)