名前も知らない男、おそらく傭兵崩れのチンピラだろう、が腕に抱え、刃物を突きつけ引きずってきたのは少年と呼べるような年頃の男だった。
 一瞥して、胸にふいと過ぎったものは何だったのだろう。
 自分にそれを問うような、思考の隙間は必要としない。
 ただ、癖のある黒い髪。深い色の瞳は混乱と恐怖の極み、不思議な肌の顔色は青ざめ、いかにも脆弱な存在だった。
 だからなのだろうか、どちらにしても自分はその理由を追及はしないだろう。
 気がつけば、「いつものように」その少年を背に、襲い来るすべてのものの息の根を止めにかかっていた。


 少女の面影がちらついた。姿が見えないだけで、胸がざわめいて不快だ。





11  錯綜






 意識がようやく定まったように感じて、ときは自分の呼吸の激しさに狼狽えた。
 思考は、落ち着きを見せている。大丈夫だ、ちゃんと頭は働く、そう思いたいのに心臓は相変わらず太鼓を打ち鳴らすように騒がしかった。
 身体の方はすっかり腰が抜けて、どこも傷めてはないのに立ち上がることすら億劫だった。しゃがみ込んだまま、もうずっと目を見開いて阿呆のように見上げている。
 すぐ側に立つ、朝を見下ろしているのは青年だった。
 とても、若い。やはり外国人の年齢は良く分からないが20歳くらいだろうか。だがその若い顔立ちに反して瞳の鋭さにすくみ上がる。
 うまく言えない、分からない。冷淡とも蔑視とも言えない眼差し。あたたかさのない代わりに、冷たいのかも良く分からなかった。ただ、無垢なまでに鋭く朝を見下ろしている。
 単純に睨まれている。そこに熱情や関心が感じられないぶんなお怖かった。
 姿形だけなら、榛の少し長い髪を肩に流して結ぶ、橙の瞳を持つ剣士に見える。それだけならどこもおかしいところはないのに、顔の美醜やなんやかに着目していられないほど、彼はとにかくおかしかった。出会いからして普通ではないのだが。
 やがてそれにも飽きたように、瞬きも出来ない朝から目を逸らして榛髪の男が背を向けて立ち去ろうとする。
「ちょっ…」
(ってオイオイ何引き留めてんの、さっさと逃げるべきだろ俺!)
 速攻でセルフ突っ込みを入れながらも、何とか立ち上がった膝と伸ばした腕は戻らなかった。
 次の瞬間、朝が連れてこられた方向とは逆の路地から、さらに数匹のザグルが襲いかかってきた。
(って治安どうなってるんですかこの街!!!)
 次から次に息の付けない窮地に、朝は心持ち半泣きで、けれどじっとりと立ち上がった。
「……」
「ひいっ」
 なんの意気込みも見せずに、男が刃物を再び繰り出しては遺骸となった獣が転がっていく。朝は情けない声を上げつつこちらに飛んできた肉片を何とか交わした。
(ら、らちがあかない!)
 まったく無関係の事態に巻き込まれたようだが、この剣士が朝の身を案じて、無事にみんなのもとへ送り届けてくれる保証なんかはない。しかもなんか怖いものがある。
(じ、自分の身は、自分で守らなくちゃあ…!)
 ちょうど目の端に、建物に立てかけられていた木材を見つけた。まさかザグルを撃退できるとは思わないが無いよりマシだ、威嚇用だ、と手にとって握りしめる。
 ふと自分が連れてこられた方角に目をやって喉が引きつった。こちら側からもさらに数匹のザグルが迫っていた。挟み込まれて朝は逃げる道すら絶たれたことを知る。
(死んだかも…)
 半ば放心状態で立ちつくし、肩越しにちらとのぞき見れば、まわりのザグルをすべて片付けたらしい剣士が別に急ぐでもない足取りで歩き始めていた。
「あ、あの」
 朝は反射的に、慌てて後を追った。彼もザグルも得体が知れず怖ろしいのは同様だが、少なくとも自分に剣を向けられないぶん、勇気は要ったが話しかけるという選択肢も増えていた。
「俺、市街に戻りたいんです。ついていっても…いいで、すか」
 かなり及び腰に、呟くような声で背中に問いかけた。反応がないかもと危惧したが、剣士は立ち止まらずに一瞥をくれた。
 すくみ上がって悲鳴を上げたくなるような鋭い眼差し。しかし、
「好きにしろ、面倒は見ない」
 突き放す様な物言いだが、淡々と了承された。もしかしたらこの眼光とか雰囲気が彼にとってはデフォルトで、普段通りではないかと思われた。
(わ、悪いひとじゃあない、んだよな?)
 とりあえずこの場だけでも自分にそういい聞かせ、朝は萎縮しながらも剣士を追って細い路地を駆けだした。



 いくらどれだけの数のザグルが襲いかかろうと、男の敵ではないようだった。
 普通に考えて物理的に無理だろうと、専門知識に乏しい朝でさえそう思う状況下をいとも簡単なことのようにくぐり抜けていく。
 重ねて、朝には彼の、無駄な動きを一切のぞいた所作がある程度視認できたこともあって、さらに混乱を極めてしまった。
(い、いろいろあり得ない…人としてあり得ない…!)
 やはり朝には、前を駆ける男が見た目通りの「にんげん」だとは、なおさら思えなくなってしまった。
 さて、どうするべきか、このままついていってさらなる危険にさらされやしないかと思考を暗く巡らせていると、前方が明るく開けた。路地を抜けたのだ。
「いたぞ!サザーロッド・リビットだ!」
 ほっとしたのもつかの間、ザグルの次は生の人間が押し寄せ、ふたりをあっという間に囲い込んだ。
 サザーロッドリビット。どこで切るかもわからないがきっと榛髪の男をそう呼んだ。朝は無意識にその名前を染み込ませるように自身に刻む。
 と、数多の屈強な男に囲まれた今の状況で、瞬時にぞっとする光景を思い描いてしまった。
 ほんの短い間でも、この男の恐ろしさをいやと言うほど知ってしまった。朝が目をつぶる間もなく、屍の山が出来上がるだろう。
 脳裏によぎる、ほんの少し前の映像。体にのしかかる、死体の重さ―――――
「こいつを逃がすな、取り押さえろッ」
「逃がしゃあしないぜ、あんたに用向きのあるヤツがごまんといるんだ」
「…ごちゃごちゃとやかましい」
 血気盛んなあちらに比べて、どこかうんざりとこぼされた台詞を、朝は意外に思って目を瞠った。よく知りもしないのに、何となく彼は返事をしないように思っていた。
 それもつかの間、男の纏う気配がとぎすまされていくのがわかって、朝は血相を変えた。
 周りの面々もおのおの、獲物を構えてじりじりと間合いを伺っている。
 正直言って、何の考えもなかった。
「まっ、待った!」
 今まさに斬りかかろうと踏み出した、男の背にたなびくマントを、がっしとつかんで引き留めたのだ。
 ぎょっとしたのはあたりの面々だけでない。朝自身だって、はっと我に返って青ざめた。もう遅いけれど。
「な、なんだってんだ…?」
「話じゃあヤツが連れてるのは娘だって話じゃ…うおっ!?」
 今までその存在すら目に入れてなかった朝の出現を訝しみ、足踏みしてしまった男たちは、突然走った閃光にうろたえ、うめいた。
 焼かれるような目の痛みに、視界が効かずにたたらを踏む。
「なっ、なんだあこりゃ…!」
「呪術だ、くそ、サザーロッドてめえ!」
「…よくわからないけどいまだ!」
 突然の事態に、呪術を受け付けないために平気だった朝も呆然としていたのだが、惨劇を見ずにすむ好機だと踏んで、マントをつかんだまま引っ張った。
「何の真似だ」
「いいから!あなたが快楽殺人者じゃないなら来てくれっ!俺はもう血は見たくないんだよ!」
 半ばやけくそな心地で強く言いつのると、憮然としながらも、そして朝はその視線の強さにびびりながらも、男は人出の多い市街地に向けてともに足を向けてくれた。
 すぐにマントをつかむ手を払われたが、朝は気にせずに先導する、というか我先にと逃げた。
 ああ、呪術。って言ってた。
 冷静になって考えると、誰かが助けてくれたのだと思い当たった。



 とにかく全力で走った。別に目的があって進んだわけではない。第一フェドレドの都をほとんど把握し切れていない。
「も、もう、いいかな…」
 息は弾んだし鼓動は激しかったが緊張のためで、大して体力は疲弊していなかった。体強くなったんだなあと改めて実感するいとまもなく、意外にも素直に着いてきた榛の男が、朝をまっすぐに睨んできた。
(超怖え!)
「余計なことをするな」
「…や、あの、ごめんなさい」
 生来からの身に付いた卑屈さで、朝はとりあえず即座に謝っておいた。男の迫力に押された所為もあるが。
「二度と俺に関わるな」
「はい、そりゃもう…」
 きっぱりと告げられて、冷たい物言いにはそこそこ耐性が付いていたし、こんな目に遭うのは二度とごめんだったので頭を下げて答えると、榛髪のしっぽが朝に向く。
 男はさっさと去っていこうとする。
 本人にも言われたとおり、もう関わるべきではないとは思う。穏やかではない厄介ごとに包まれている人物だというのがわかる。当人も穏やかさとはほど遠い。
 けれど、思ったのだ。
 二度と関わるな、余計なことをするな。どうでもいいと、朝がザグルと同じように死んでもいいという扱いなら、そんな言葉を残す必要はないはずだ。
 この男自身は、そこまで悪くはないのだろう。
「サザーロッドリビットッ、さん!」
 遠ざかる背が止まった。肩越しに振り返るまなざしはやはり強く険しく。
「その名を呼ぶな」
 じゃあどう呼べと。朝は困惑しつつも、呼び止めた本題を短く告げた。
「ありがとうございました!」
「……」
 訳がわからない、といった不可解を顔に書いたような表情になって、サザーロッドリビットは結局何も言わずに朝の元から姿を消していった。
 完全に見えなくなってやっと、体内から酸素を全部吐き出すようなため息が漏れた。
「あー、疲れた…」
 というか、緊張した。命の危機にさらされたこともあったが、あの青年の存在そのものがひどく精神を疲弊させてくれた。
 いや、いろんな人がいるものだなあ、さすが異世界だぜ。
 若干、彼に限っては人かどうかの判断が難しいが。
 少しずつ落ち着いてきたところで本来の目的を思い出し、あわててお茶屋を探して茶葉を購入した。そのあとすぐに、天球屋を探さねばならなくなったが、位置関係の把握さえできれば戻るのはそれほど難解ではなかった。
 問題は、あの奇怪な店主の機嫌を損ねたのではないかと言うことだが。



「なんばしよったとね!のろまにもほどがあるちや!」
「ご、ごめんなさい」
 謝ってばかりだなと苦笑しながら、まさか死線をさまよってきましたと正直に話す気にもなれず、朝は店主に茶缶の入った袋を手渡した。
「さあて、んでは茶にするかね。嬢ちゃんらは白かね、黒かね」
「おれとミーは黒で姉が白ね。お帰りトキ、姉は?会わなかったかね?」
 しっかりお茶色の質問に答えたあとで歓迎の言葉を受けて朝の苦笑は深まったが、後半の問いかけに首をかしげる。
「アニエス?」
 そう言えばミーシャとキニスンしか店内にはいないようだった。
「トキの帰りが遅いから、迎えに行ったのだがね」
「ええ!?アニエスが?」
 あんまりにもあり得ない展開にのけぞって動揺していると、ミーシャがキニスンの様子をうかがいつつも、真実を教えてくれた。もしかして内緒のつもりだったのか。
「キイが、カティルで…負けさせたの」
「だって姉ずっとぴりぴりでおれたち居心地悪いからね!」
「欲望に忠実すぎだろキニスン」
 カティルとはいわゆるじゃんけんのような、簡単な優劣を決める遊び勝負のことだ。
 それでしばらくミーシャとまったりしていた訳か。アニエスの気分転換も兼ねての考えだろうけど、俺を捜しに、という名目で彼女が和めるかどうかは疑問だ。我ながらむなしいことに。
 ふいに、オセーネにお使いに行ったとき、迎えに来てくれたのはアニエスだと言うことを思い出した。
「また行き違いになってもいけないけど、俺ちょっと探してくるよ」
 正直なところ、さんざんな目に遭った直後なのでもうふらふらと見知らぬ町を出歩きたくはないのだが、逆にアニエスが今頃一人で何かしら巻き込まれていたらという不安も立ち上った。何しろこの町の治安はすばらしく信用がならない。
(や、なおさら俺が出て行ったところでどうにかなる訳じゃあないだろうが…)
 アニエスは理由はどうあれ朝を探していてくれているのだ。自ら迎えに行くのが道理にも思えた。
「トキ、一人で大丈夫かね」
 それが疑問ではなかったから、朝はなんだかほっとして笑った。
「たぶん大丈夫。そうだな…一木いちもく経っても二人とも戻らなかったら悪いけど群青ぐんじょうさん呼んでくれ」
「そうだね、そうするね」
「トキさん、気をつけてね。ふたりで…帰ってきてね」
 にこやかに送り出されたけれど、朝は何となく、このふたりが察しているのかもしれないと思った。
 全容ではないにしろ、何かに巻き込まれて朝の帰りが遅れたことを。
 ちなみに一木とは時間の単位で、朝の感覚で言うと2時間弱くらいだ。昔で言う一刻か。
 さすがにそこまではかからないとは思うが、この街は首都だけあって広い。
 偉人祭開催中のいま、目立つとはいえ少女一人を捜すのが容易だとは思えなかった。
 さて、案の定再び街へ足を踏み出してみると、開会式が終わったのか、人の数は明らかに増えていた。
 優勝者の予想をするのだろうか、禁止だと言われているけれど額を突きつけあって語り合う表情は誰もが輝いて見えた。
(まあ、常識内の規模で楽しめるならそのくらいしたっていいと思うけどな)
 朝自身は賭け事にも闘威大祭にも興味がない。この限られた時間内で一人の術師を見つけ出さねばならないのだから。
(まあ、今のところは、一人の女の子を捜さなきゃな…)
 未だに自分のいどころさえ、立ち場所さえよくわからない不安定な状態なのに、それでもあの金髪を探さなければ。
 この首都に来るまでの道中の、どこかそそっかしいアニエスの様子を思い出すと気がはやる。   
(大丈夫かな…)
「っと。とと、すみません」
 露天のひしめき合う商店街。肩と肩がぶつかるほど通行人の数が増してきた。
 何とか道を作りながら進んでいくと、一瞬、やわらかな感触にぶつかった。何が起こったのか把握するより早く、女の子の声がした。
「きゃっ」
「うわっ、あ!?ごめん!」
 小さな子が朝の目の前でよろけてこけた。あわてて手を差し出すと、懐かしく、この国では珍しい黒髪で少し驚いた。自分自身も黒髪だと言うことを失念して。
「大丈夫?ごめん、見ていなくて」
「……」
 小さな手を取って立たせてやると、その女の子がたたらを踏むくらい勢いよく持ち上がった。体重を感じさせない。細身だった。
 あわてて謝って、目の前の少女と目があった。やはり目も深い色をしていて、
「アリガトウ」
 たどたどしい言葉で、ぎこちなく少女が笑った。どきん、と強く胸を打つ笑顔。
 何か、どこか、訳がわからないけれど焦ってしまって、少女がぱっと去ってしまってからも朝の鼓動は鳴りっぱなしだった。
 べつに一目で恋に落ちたとか、まあ可愛いともいえたけど、どちらかというと平凡で、ほっとするような雰囲気の子だったし、とにかくそんな刺激的な少女ではなかった。
 特別なところは何もなかったのに。
 全身にどっと汗をかいていた。理由はわからない。わからないけれど。
 ああ、そうだ、さっきのに似ていると思った。
 サザーロッドリビット。あの男が振り返る間際に感じた、あの緊張感だ。
「ん?」
 なんだかぼうっとしてしまって気がつくのが遅れたが、目の前になじみのある金髪が見えた。
「アニエス」
 苦労が少なく、すぐに見つけられたことに安堵して、名前を口に出して呼び近づいていく。すると様子がいつもと違うことに気がついた。
 アニエスの視線が前ではなくうつむきがちで、どこか表情にも覇気がない。考え事をしているというよりは、どうも落ち込んでいるというか。
「…アニエス、」
 とうとう目の前まで来て、少し顔をのぞき込むように呼んでも反応がない。
 そのまま前に進んでいこうとするので、と言うかこのままでは通行人の邪魔だし危ない。
 朝はアニエスの腕を軽く引いて脇にずれると、改めて顔をのぞき込んで呼びなおした。今度は少し大きく。
「アニエス。どうしたの、気分悪い?」
「……トキ?」
 漸くの間をおいて、澄んだ青い瞳が朝に向いた。それにほっとして笑みがこぼれたけれど、思った以上に顔が近くてあわてて離れる。掴んだままだった腕に気がついて万歳をする。
「なに?」
 怪しいものを見る目で見られてしまった。
「や、いや、ごめん。俺を捜しにでてくれたんだろ。戻ろう」
「……そうね」
 いつものアニエスに戻ったと思ったら、朝の言葉に同意して、また少しうつむいてしまった。
 どうしたのか、一人の時に何かあったのか、尋ねたかったけれど上手な尋ね方が何も浮かばなくて、朝は結局口をつぐんだまま歩き出した。
 はぐれないよう、人にぶつかったりしないよう、たびたび後ろを振り向いてアニエスを導くので精一杯だった。
「ぴいっ」
 街道を歩いている人たちが一様に顔を上げて空を伺った。朝も思わずそれに倣うと、上空には見事な青い羽根の鳥が羽ばたいていた。
 それだけで、何人かはすぐ興味をなくしたように視線を元に戻して歩みを再開する。
 朝がえ、ととまどい辺りをうかがっていると、隣まで来たアニエスが小さくつぶやいた。
「カラリオ」
「あ、文書を運んでくれる鳥のこと」
 ぽんと手を打って納得する。専属の鳥があれば、その姿だけで自分宛かどうかがわかるのだろう。
 初めて見たよ、うわあ大きくてきれいな鳥だ、と感心しつつ見入っていると、まさかと思う間もなく鳥は朝の元まで滑り降りてきた。
「うおおお!?お、俺、俺っすか!」
 ばっさばっさはばたく羽の激しさに思わず逃げ腰になりつつ鳥は慣れた様子で朝の腕に止まる。器用に片足を上げて、早く取れっと言わんばかりに括られた紙を差し出してくる。
「…ジョーじゃないかしら」
「ああそうか、群青さんだ」
 言われて納得がいくと、鳥の足に気をつけて紐を解きにかかった。若干手こずりつつはずすと、鳥はぴいっとないて朝の髪をちょいっとつつく。
「早く読んで、返事を書くなら持って行ってくれるから」
「あ、はい」
 思わず敬語。メモ帳のように小さく、ぎっちり巻かれた紙を破かないよう開いてのぞき込む。
 うん、読める。
「夕食時西通りパン屋横定食屋で 会えたら集合 群青」
 今朝別れたばかりなので、まさかこんなに早く再会できると思わなかったが、群青側の用事がスムーズに進んだと思ってもいいのだろうか。
「か、紙っ、あった」
 わからないことだらけの朝は、覚えたことを確認できるようメモ帳と筆記具を持ち歩いている。貴重品だが小さく破いて、了解、行きます トキ。と走り書きした。
 読めるかなあと一抹の不安を覚えつつも、鳥の足に結ばせてもらう。
「ごめん、頼んだ」
「ぴっ」
 仕方ねえな、任されてやるよ、と言うふうな、不遜な空気を漂わせつつ青く立派な鳥は一声応えてばさっと飛び立った。
「いいな青い鳥。群青さんっぽくてわかりやすい」
 空に溶けていく鳥を見送って、何の気もなしにつぶやくと意外にもアニエスが相づちを打ってきた。
「識別鳥は視覚と嗅覚に優れるの。あとは自分の羽毛と同色を好む傾向にあるから、専属の鳥をもつ人は髪色や服を合わせたりすると聞くわ」
「へえー」
 では朝が鳥をもつとするならからすのような黒い鳥になるんだろうな。それ以前に黒い識別鳥がいるかが不明だ。
 解説に感心しきりで失念していたが、今さっき、アニエスと普通に会話が成立していたことに気がついて、なんだか無性に顔がにやけてしまう。
 きっと見つかるときつい言葉が飛んでくるかと思ったので、早歩きになって前を行った。
 まず、朝は例の店主に話を聞き出さなければ行けないのだが。
 全然進展できていない自分の現状に、少しだけ足が鈍るような気もしたが。
 とりあえずお茶を飲もう。アニエスをつれて戻ったら、自分で買ってきたお茶を、みんなで飲もう。
 それを励みに、もときた道をたどっていった。
 













 

 

 

 

(2008.8.16)

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