18 覚悟

 

 









「サザ、ここにいたのか」
「……」
 ようやく姿を見つけて名前を呼べば、顔を一応はこちらへ向けてくれるようになった。
 怪訝そうに、すこし険しい眼差しを。
 おそらく大学生くらいの年齢のサザーロッドは、群青ぐんじょうあたりと比べたら年齢の開きを感じさせない青年だった。まあ、別に熟知し理解したわけでもないけど。
 感覚的には、わかりやすくくみ取りやすい。キニスンに近いものすらある。
 何を考えているのかはまったく表しはしない男だが、こうではないのかなと勝手に解釈していいのだと感じる。きっと彼には、裏がないからだと思う。
 やりとりが、ほんの少しだけ円滑に出来るようになった。そんな風に思っていると。
「あの男の弟かお前は」
 唐突に問いかけられた。誰を彷彿とさせてそう問われたのかまったく見当が付かずに首をかしげる。
「ラシードだ」
「ラシー、ド?いや、そもそも俺、長男だし」
 知らない名前だ。どこかで見覚えはあるような。聞き覚えではなく、見覚え。
 ときは結局それを思い出すことが出来ないまま、サザーロッドを伴って山間を下る。
 サザーロッドが伴にいるとザグルや獣との遭遇率が激減した。脳内イメージは獅子の威を借る座敷犬だ。
 もしかして獣に襲われたときも、彼の出現のおかげで自分は助かったのだろうかと、都合のよいことも考える。
 サザーロッドは予定を越えて、アスランの住まいに二日滞在していた。明日にはとうとう朝の帰る準備が整うと言うことで、それまで延長されたのだ。
 ネネの行方を追う彼は、手がかりを見失ってしまったらしい。いや、心当たりも残ってはいるようだが、急ぎ動くことをためらうような様子もあった。
 言葉を持たず力を持つ男。何も表しはしない、奇矯な人物。
 自分とは正反対だ、と朝はふと思う。そう、正反対だ。
 同じように喚ばれた、ツグミと一緒に過ごしていたのだとも聞いていた。それも不思議な感覚だ。
 一度、名前を出して強烈に睨まれて以来、問うことはやめている。
 もうきっと、会うことはないのだろう、ツグミとも。ネネとも。
 正直な話、朝だって納得が出来ているわけはないのだが。
 楽しみにしていた物語が作者急逝で打ちきりとか、そんなやりきれなさとは訳が違う、これは現実に起こってしまったことで。今もまだ夢みたいな浮遊感も伴うが。
 それでも現実だ、つくりものではないのだから、力及ばない時点で引き下がるべきだ。
(戦争に巻き込まれたからって、出来ることが何もないと解ってて関わり続けようとするのは傲慢以外のなにものでもない)
 恐怖から逃れたい正直な心と同時に、そう思うのだ。
 朝は、主人公ではない。勇者でもなければ賢者でもありはしない。
 ただの、学生だ。せいぜい喚いて逃げ回るしかできない。
 見苦しい姿を見せて大事な人たちを煩わせるぐらいなら。おとなしく、これ以上心配をかけないよう帰って、自分の人生を全うする。
(喚ばれたことを、もう無駄だったなんて思わない。俺はなにひとつも、後悔しない)
 心の軋みはまだ、もう少し堪え続けるだろうけど。
 そう、こういう所なのだろう、朝が主人公になれなかった理由があるとすれば。
 たとえばそう、ゆうなら。あのわがままな妹なら最後までつきあってから帰ると言い張るのではないか。
 きっと、途中で諦めたりしない。迷い立ち止まりはしても、食い下がり、背を向けたりはしないのだ。
 物語の主人公達はみな、そういう風だったはずだ。朝の退場は、それでは道理だ。
「…と、おっっ、と!」
 早朝少しだけ降った雨の名残で濡れた枯れ葉で足を滑らせる。一応は護衛役のサザーロッドが上着を掴んで引き上げてくれた。
「ああ、ありがとうサザ。助かった」
 いまだ片手が自由にならない所為でバランスが取りづらい。朝は狼狽えながらも礼を述べる。
 サザは不思議そうに朝の顔を見る。いや、正確に言えば不審なものを見るような目つきではあるが。
 朝はその橙瞳の奥に、もうひとりを見る。自分を通じて、誰かを見ている。
 届けばいい、彼の思いもいつか、遠くどこかにいる誰かに。
 無責任なことを、いくらでも。完全に他人事になる手前に思う。薄情とも思わずに。
 薄情なのはお互い様だとは、少しだけ思って。
(仕方がない、んだ)
 そう思うしか、納得の仕方が解らなかった。





 そして、その日がやってきた。
 ずっと徹夜続きだったアスランも、失敗は許されないからと昨晩は十分な睡眠を取ったようで、寝癖の残る髪を乱しながら現れたとき、屋外で息を白くさせながら朝は笑顔を向けて挨拶を述べた。
「おは、ようございます」
 冗談なくらい歯の根が合わなかった。鼻の奥もつんとする。
 クォの11月の早朝は、本当に寒くて、目を瞠ったアスランがなにか言う前にしきりに手のひらをこすり合わせる。
 眠れるわけが、なかった。そう思うと外で、クォの夜空の星々を眺めるしかすることが無くて。
「おはようさん。どのくらいいた?傷に障るぞ」
「…はは」
 頭は冴えているし、実際ずきずきと腕も痛むが、朝はぼんやりと笑いを漏らしただけだった。
 まだ姿を見せないアニエスを待たずに、アスランは準備を始めた。喚ぶときは神殿があるという立派な施設内でもっと凝った演出のもとだったらしいが、別にここでも十分らしかった。
「戻すのはな、わりと。喚ぶ方が骨が折れるんだ、金もかかるし」
 そういうものかと思う。元々あったものをもとの世界に戻すのだから、自然にあった形に戻すと言うことでもあるし。
 朝は本当に早川朝のままなので、余計な手を加える必要がほとんど無いのだという。複雑に呪術を組み込まれてしまった「ツグミ」の方は、そうもいかないというのだが。
(大丈夫かな、もうひとりの人は…)
 ちゃんと、無事に帰れるのだろうか。アスランを信頼しているとはいえ今から自分に起こる大騒動を棚に上げてそう思う。
 巻き込まれた、もうひとり。朝のように帰りたがっているのだろうか。普通はそうだろうけど。
 アスランの作業を見守る間、早起きしても朝に手伝えることは何もない。
 荷物の整理は昨日のうちに済ませてしまった。こちらに来るときに着ていたパジャマは持っていないので、あちらに戻ってもそこまで不自然でないような服を選んで借りた。
(まあそれでも某ヨーロッパ村みたいな服だけど…)
 出来れば自宅に近いところに下ろしてもらいたい。びしょ濡れでもこの際構わないから(いや、さすがにこの季節になると辛いか)
 何も考えないようにあえてしてきたが、帰ったあとのことをあれこれと怒濤のように考えてしまう。あちらのことも、こちらのことも。
 そわそわ落ち着かなく首を巡らせていると、朝日を受けてまばゆい金髪が見えた。
「おはようアニエス」
 やはりこわばった笑顔を向けた。寒い、所為だ。
「……おはよう」
「えっ!?」
 じとり、とした眼差しだが、アニエスが応えてくれた。はじめて朝に、おはようと。
 それだけでも動揺してしまう。最後だからか、この少女も気まぐれに態度を緩和させようと思ったのか。感傷的に、なんて、違うとは思うが。
「あ、サザは?」
「いや、見てねえよ。俺が昨日小便に起きたときには小屋の外にいたが」
 思いついて榛の髪と濃い色のマントを捜すが、やはりどこにも姿は見えない。そういえば朝が星空を眺め夜更かしをしているときには見なかった。朝が外を出歩こうとすると、いつの間にか離れて立っていてくれたのに。
 とうとう行ってしまったのか。二日とどまってくれただけでも十分助けられたが。
 見送りに、人数は必要ないと朝も思っていた。だからそれ自体は構わないのだが、サザーロッドとはあと一言くらい、あと一度くらい、言葉を交わしておきたかった気がした。
 それを未練、と認識しないよう軽く首を振る。先に用意しておいたハムとパン、カップに注いだスープをアニエスと分け合って朝食にする。アスランはパンを口にくわえたままひたすら準備を進めている。
 何かもうごめんなさい、と思うのだが。何かしようとすると怪我人じっとしてろと怒鳴られるし。
 怪我、この腕の咬み傷。家族になんて言い訳すれば。
 野良犬に噛まれた、が妥当だが、病院で検査を受けて未知の歯形がどうたらこうたら、新種だ、こんな動物は存在しない、余計な心配事まで頭を巡ってゆく。そんなことになりませんように。
「おうアニエス。食ったら二層目の陣描いてくれ」
 パンを一口ずつ千切ってきれいに食べているアニエスが、頷いて立ち上がり、作業に参加する。
 やはりどういうものなのかまったく解らない図形が、アスラン宅前の地面いっぱいに刻まれていく。
 呪法陣、であるのだろう。ただし丸くはない。
 一番下に、数式のような文字の羅列。少し位置をずらしたところに反対側からアニエスがちいさな図式をいくつもいくつも、複数描き込んでいく。
 こういうものは大きな図形にひたすら描き込んでいくものかと思った。偏った創作物のイメージに過ぎないけど。
 二人の動きは淀みなく、地面だけを見てぐるぐる同じ区画を歩き回っているのにぶつかることもなく息ぴったりだった。
 アスランがたびたびチェックしては指示を出し、アニエスは無言で頷くか短く答えてそれに従う。
 餅つきのコンビネーションを彷彿とさせる、いい、師弟のように見えた。朝とアスランよりよほど。
「あの、俺なんかすること無い…?」
 邪魔をしてはいけないとじっとして見守っていたのだが、結局そう漏らしていた。
 驚異的な集中力で作業をしていたはずのアスランが、すかさず返事をくれる。
 アニエスは顔を上げるどころか反応ひとつせず動きをやめない。
「小便行って手洗って歯磨いとけ」
「……」
 朝は黙って言われたとおりにした。
 ついでに一度、家の中に戻って荷物を改めておく。イスパルの鞄とカノアの眼鏡はもらっておくことにした。キニスンやミーシャと分け合った飴、シクにもらった筆記具とメモ帳も。
 そして、ほんの少しだけ迷ってクワイラにもらった剣を置いていくことにする。
(持ってろと言われたから、その時までは腰に提げていよう)
 最後に、昨晩(雑用など出来ることもないので)たっぷり時間をかけてしたためた、手紙をそっと、自分が寝床に借りていた上掛けの上に。
 大勢に見送られてのお別れとかは心底いやだと思っても、やはり朝にも申し訳なさは残るので、滞在中の感謝と、謝罪を、可能な限り誠意を込めて。
 えのぐり茸の家で学んだ、未だに自信の持てない文字で、文章を綴ってみた。
 感謝と謝罪、それだけのことを、出来るだけ上手に簡潔にまとめるのに、何枚も紙を無駄にした。製紙技術も故郷ほど進んでいないこちらで紙は貴重だ。廃棄された紙の裏面を黒くなるまで使って下書き、清書して。
 面と向かっては言えないだろう、きっとみっともない顔をしてしまう、そんな文面なのは承知で、でも手紙を出すことも、帰ってしまうとかなわないから。
(これが、俺のけじめ)
 精一杯の格好付けだ。ちっとも格好良くないのは解っているが。
 朝が準備を終えて外に出ると、二人が並んで立っていた。思わずひるみ、足が止まる。
「終わったぞ」
 動悸が激しくなった。緊張、している。それはそうだ緊張しないはずがない。
 朝はつとめて冷静に、せめて表面くらいは取り繕えるよう神妙に頷いて二人に近づく。
 呪術師が地面に描き出した図形および文字らしき綴りは、ヘリポートになるんじゃないかという規模のものになっていた。
 朝ひとりを送るにはずいぶんと大袈裟な。本当に兵器級の驚異を迎え入れる準備のようだった。たとえば恐竜。たとえば戦車。
 朝がしなければいけないことは何もないといわれたから、本当に何もしないでここまで来てしまっていた。ふたりの前まで来た。
 アニエスはいつも通りにも見えるけど、アスランの表情は心なしか硬くて、朝は思わず笑った。苦笑ではなく。
「トキ?」
「―――うん、おかしな気分だ」
 もう、何も要らないと思った。どんな言葉も交わさず、アスランに剣を返して終わらせてもらおうと思い、腰のベルトに手をやり、
「…サザ?」
 この中で気配に一番疎いはずの朝が、真っ先に気がついて名前を呼んだ。そこでようやくアスランとアニエスも視線を巡らせて、姿を消したはずの青年を認める。
 サザーロッドは山の方から歩いてきていた。いつも通りの表情で、しかしその様子は剣呑さを隠しもせず。
「サザ?」
 朝はもう一度繰り返し呼んだ。今度は目的を尋ねる、確かな響きが込められていた。
 サザーロッドはそれに正確な意味でもって答えた。ただ朝ではなくアスランの方を見据えて。
「ネネが現れた」
「!!なんだと…」
「…っ」
「……」
 たんたんとした報告に、明らかに顔色を変えたのはやはり呪術師の二人だった。
 重要人物だと理解しているのだが、二人と同様に反応できるほど、その名前に何の先入観もない朝は、ただ続く言葉を待ってサザーロッドを見るしかない。
 何か、あったのだ。それは張りつめた空気でわかる。
 そして朝は、誰かの説明を待つ前に思考した。してしまった。それは朝にしては珍しく、ひらめきのような鮮明さで。
 ネネが、現れた。現れた?
 どこに?彼が、根源の呪術師がどこに?
「みんなが危ない!?」
 朝が上げた声に、アニエスの肩がびくっと跳ね上がった。アスランがハッとしたように朝の顔を見て、小さく舌打ちをする。
「んなこたあ解ってんだ、とにかくお前が先だ、トキ。いけるな、アニエス?」
「…え、ええ」
「なんで!!?」
 ごく当たり前のように告げられた言葉に、朝はアスランの上着を掴んで詰め寄った。
 問わずとも理由は考えれば解るのに。考えなくても、解っていることであるけど。
「い、いいいいま、サザがッ、ネネが、現れたって!!あそこなんだろ!?その子がいるんだろ?えのぐり茸の家にっっ!みんなと一緒に!!」
 おそらく十中八九、その子に働きかけるために。
 しかも常識で計れないような実力と、逸脱した人格の持ち主という。
 朝以上に複雑な呪術媒介として保護された少女に、まさか接触させるわけにも行かない。
 みんなは、守るだろう、その子を。
 そんな、アスラン以上の力を有するらしい、彼いわく化けモンの呪術師相手に。
「みんなが危険なんだろう、い、今!?今まさに!?」
 アスランとサザ、問いかけ、問いつめるように顔を交互に、ぶんぶん首を振って。
「だから承知してる、まずはお前だ。お前のことを済ませてからだ」
「それこそ後でどうでもいいだろ!!」
 辿り着いてしまった結論に朝が半ばパニックに陥りながら、緊急性を訴えている。
 どうしてここまで、みんなが冷静に話を元に戻せるのかが理解できない。本当は理解している。けれど、けれど!
「トキ、あなたが行って何が出来るの」
 背後から涼やかな声がして、ほとんど喚いていたに等しい朝の口をあっさりと封じた。
 知っている、知っている。ああ知っているさ知っている!!
 こんな差し迫った緊急事態に、緊急事態にこそ、朝は本当に何の役にも立たない!
 それどころかむしろ面倒ごとを増やすような存在なのだ。力、という意味では本当に無力な、異世界から来たと言うだけの異物だ。
 反射的に言葉を閉ざして、即座に沸き上がるのは、たぎるような何か、熱く強いものだった。
「あのひとの呪術はあなたにはそうね、及ばないでしょうね。だからといって呪術を紡ぐ呪術師を止めることが出来る?出来ないわよね。相手は一秒足らずで「解」に至れる。邪魔にしかならないと理解できるのなら立場を考えておとなしくしていてちょうだい」
 何だか久しぶりに、アニエスから怒濤の糾弾を受ける。
 わざわざ言わなくても解っているとはいえごもっともだ。正論だ、言う必要がないこととはいえアニエスはいわれのない罵倒をしているのでも何でもない。
 言ってしまえば、説得をしている。
(トキが、これ以上、)
「うるさいそんなことは知ってる!」
 アニエスは、朝の強い反論にたじろぐ様子もなくそっと目を伏せる。
 いつも伺うように、気を遣って接してしまうアニエスにひるむことなく朝は言い張った。
「ああそうさ俺は帰るさ!もとの世界に帰るよ!だからって俺は心配もしちゃいけないか!?不安になるのはおかしいか!?」
 まったく冷静さを欠いた、感情的な訴えだった。分別の着く大人なら鼻で笑われて黙殺されても仕方ない。
 けれどアスランは顔を盛大にしかめもう一度だけ舌打ちをしたが、ため息を吐いただけで親指で少し離れた空き地を示した。
「ああもう解ったよ、急ぐんだろうが!全員そこに集まれ、術で飛ばしてやるよ」
「えっっ!」
「サザもだてめえらそろって呪術かかりにくいんだ、強力なヤツで行くぜ悪酔い覚悟しろよ、トキは誰かにしがみついてろっ」
 我が耳を疑って訊き返す朝の動揺も無視して、アスランは早口でまくし立て全員を急かして並べさせる。
 サザーロッドとアニエスの間に立ち、究極の二択を迫られたわけだが、朝は結局サザーロッドのマントを握らせてもらった。再び、不思議な視線で見られた。その目を見返し、向けられる感情を受け止めかねる。それはきっと朝に向けられたものではない。
 その間にも舌を噛みそうなほどの超高速で音を紡ぐアスランが、どう見てもその辺の枯れ枝を杖に見立てるかのように垂直にかざした。
 アスランは呪文を必要としないひとだと、勝手に思っていた。
 強力なヤツで行くと言っていたから、それなりの手順を必要とするのだろうか。
 しかし朝の心境は今やそれどころではない。気がはやる。口の中はからからで、追い詰められたように高鳴る鼓動はおさまらなかった。
(みんな、みんな…!)
「覚悟を決めろ」
 少し上からサザーロッドの声が落とされた。
 朝は緊張のさなか、一度だけ瞬いて、前を見据えたまま。まなじりをあげ呪文を紡ぐアスランに視線は向けたまま。
 アスランの声がとぎれる。呪が発動する。朝にとっては初めての、呪術に引きずられる感覚。掴んでいるサザーロッドのマントがぶれる、あ、もしかして弾かれるかもと一瞬思ったら、反対側の腕をアニエスが掴んだ。怪我のない二の腕の部分。
 目を瞠る。アニエスの横顔はあまりにも堅く、こわばっているように見えた。だからそれは朝にすがる行為のようにも見えた。
 両側から干渉を受けて、飛ぶ、と実感する。最後に、真っ正面に顔を戻した。アスランが居た。
 目があった。薄赤の瞳が朝を見ていた。
 有り難うございましたと言おうとしたけれど、そんな暇は思いの外無く、アスランが笑ったので朝もむりやり笑った。
 ぶつりとブレーカーを落とすような感触で、意識と肉体がその場から飛んだ。




 ――――――覚悟を決めろ。






(覚悟?なんの)
 自分の、無力を、まざまざと実感する覚悟だというのなら、とっくに。



 

 

 

 

(2009.1.6)

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