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「シャーロット。アレンシアがそうだったのかも知れないね」
かつての私の名前を呼んで、昔のままの姿のあなたが笑いかけてくる。すこし悲しげな微笑。
花の季節。あなたの声に耳を奪われただけで、私はちゃんと聞いていなくて聞き返すことになる。
「アレンシア?」
「そう、戦女神アレンシア。我が国クォ・ドラ・アーシェンテ建国の英雄のひとりさ」
初代国王の一の従者であり親友であったアレンシア。女性の身でありながら幾多もの戦勝を上げあるじを国の王へと導いた。
賢王と称される初代クォ国王よりも人気が高く、今でさえ憧憬の対象となる女性。
知らぬものが誰もいない代わりに、彼女の詳細な情報、人柄であったり生まれ育ちであったりはほとんど残されていないらしい。
「アレンシアがどうしたんだ」
私は昔通りの小娘の姿なので、昔通りのぶっきらぼうな口調で尋ねる。
「ディオラに愛されたんだ」
ディオラ。この国においては神とあがめる呪術崇拝、信奉対象。呪術の発露たる源の具現とも言われる。
「ディオラに愛される人間がごくたまに存在する。そのひとは卓越した力を得られるけれど、代わりに誰も愛することが出来ないんだ」
何のおとぎ話だろう、だんだんと信憑性の怪しくなってきた話の流れに眉をひそめる。
「ディオラはひどく独占欲が強い女神らしくてね、他の人間に目移りしようものならその相手がどんな目に遭うか。だからディオラに愛されたアレンシアは、想いを秘め続けなければならなかった」
「…どこから出た話だ?マティアスの創作?」
彼は困ったように笑って後ろ頭を掻く。アレ、ぴんと来ないかな。けっこう鋭いところついてるんじゃないかと思うんだけど、などと言う。やはり空想上の、いつもの突拍子もない話だったらしい。
「だから、王とアレンシアは無二の親友だったんじゃなくて、男と女の関係になれなかった恋人同士なんだよ」
なにぶん小娘だったので、顔を逸らしはしたが耳が赤く染まるのが解った。
…私たちと逆だな。
なるほどそれは悲劇だろうけど、語りぐさには美しいかも知れない。
「…アレンシアはその人生を悔いたろうか。誇らしく生涯を閉じたろうか」
女として生きられず、けれど愛する人と添い遂げ続けた人生を。
「……私なら、悔いはしないけどな」
顔を上げるマティアスに手を挙げる。これから長くなる遠征に出ると聞いている。
次会えるのはいつになるか。もしかしたら数年先と言うことになるかも知れない。
「シャーロット、シク。私も悔いはしないよ」
その言葉を最後に、マティアスとは二度と会うことが出来なくなった。
相手はついに知ることもなくなった腹を服の上から撫でてみる。不思議な感覚で、実感なんてまるで湧かない。
マティアスの話を思い出して、生まれる子には、これから生まれてくる子供たちには、
愛する人を心のままに愛せないなんて、そんな想いはして欲しくないと思った。
◇ 次