10 桜の木の下

 

 

















 “ヘヴンズ”掃討事件から三日が経った。
 くれの怪我も大分落ち着いてきて、頬に張り付いたガーゼは残り一枚になった。



 やってきた7人目のメンバー「エッジ」と、メイ、そしてラグの3人で、首都トゥエルにしばらく向かうのだという話を聞いた。
 作戦はいよいよ大詰めとのことだ。
 まだまだ冬の感触が色濃くて、春なんて先のことに思うのに。
「………」
 結局あれから、ラグとは一度も言葉を交わしていない。どころか、まともに顔も見ていない。
 一晩泣いて、すぐに紅は謝ろうと思ったのだ。そしてありがとうと言うべきだと。
 同様にエッジも捜したが、彼は好きに暴れただけなので言うだけ無駄とローザに止められて結局諦めた。
 カゲロウにはもちろん速攻で会いに行った。ふたたび彼の姿を見ることは出来なくなったけど、滋養に良いお茶を必ずきちんと飲んでくれた。
 だから、あとはラグに。




 少しの間会えなくなってしまうという、その前に、謝罪と。感謝を。
 だが一向にラグは捕まらなくて、紅は仕方なくリハビリも兼ねてサーヴの街を散歩することにする。





 この間はじめて知った。ラグはサーヴで建築技師見習いをしているという。
 そして、イージスの息子という噂はやはり嘘だったらしい。
 ダインの口から知らされて衝撃だった。紅はラグのことを何も知らないのだった。
 何も知らずに、教えられずに着いてきて、今まで一緒に暮らしてきたのだ。




 知っていること。名前、ラグ・ディアス。
 年齢、二つ上の17。あの頃あと半年で18と言っていたからそろそろ三月で18になる。春生まれ。
 背が高い。意外としっかりした体つきをしている。長い鞭を手足のように扱う。
 レジスタンス“砂嵐”のリーダーで、コードネームはキング。
 真っ直ぐの黒髪と、深い黒瞳をしていて、つかみ所のないふざけた性格に見える。
 そして、心の底からではなく、どこか偽りものめいた笑みを浮かべる。





 おそらく、これだけだ。
 以前ラグ本人に、「君は俺のことが嫌いなのに俺のことを知りたがる」と言われたが、それもしょうがないことだと思う。
 ラグは、本当にわけの分からない男だと思う。
 それに慣れて、付き合っていける砂嵐のメンバーはそれで良いのだろうが、紅はそうではなかったから。
(…知りたい…?)
 違う。はっきりさせたいのだ。
 自分が今寄りかかっているものは、何であるのかを。









 気がつけば、知らない道に入っていた。
(しまった…)
 こうなったときは結局カゲロウに頼ることになるのだが、今回はふと、上を見上げて気になる建物が目に入った。
 随分と歩いてきた。
 冬だというのに元気な常緑樹も数多い、静かな丘のような場所だった。
 サーヴの街半分が、ここからは見渡せる。
「……」
 この景観なら、ラグを見つけられないだろうか。



 かたん
「!」
 物音に驚いて振り返ると、無人だと思っていた家からひとが出てきた。
 ばっちり目があって、息を呑む。ラグだった。
「……」
「…どうしたの?」
 重くなる空気の中、先に口を開いたのは男の方。
「え、っとあの、散歩…」
「そう」
 紅は慌てて言葉を探した。
 謝らなければいけなかった。そしてありがとうと。
 気を付けて行ってきてねと、送り出さねばいけないと思った。
「ラグを、捜していたの」
 ふいと逸らされた瞳が、ふたたび紅を捉える。  
「あの、三日前のこと、謝りたくて」
「…謝る?」
 不可解そうに眉根を寄せたラグは、立ち話では身体を冷やすと解釈したのか、どうぞと家の中へ紅を招く。
 促されるままに中にはいる。視線で伺うと、「空き家だよ。時々俺のサボり場にさせて貰ってる」との返事が返ってきた。
「どうして君が謝るの」
 生活感のない家の中は、それでも最低限の家具が設えられていた。以前の住居者の持ち物だろうか。
「だって、私、助けに来てくれたあなたにあんな事言ったわ」




 助けてくれなんて言ってない




 確かに言っていないが、せっかく駆けつけてくれた彼に、あまりもの言いようだった。
 ラグが怒るのも無理はなかったのかも知れない。
「良いんだよ、気にしなくて。」
 ラグはしゃがみ込むと、カーペットの上にじかに置いてあるスタンドランプに火を点した。
 紅の方を見もしないまま、ひとこと。
「君にはフェイに帰って貰うことになったから」
「……は?」
 耳を疑った。疑いたくもなった。この男は今、なんと言った?
「今、何て言ったの?」
「うん、計画上ね、なんかもう要らなくなったから。君がいなくても大丈夫になったから。帰っても良いよ」
 また、この男の何の冗談なのだろう、とか。どう怒るべきだろうか、とか、頭の中は色々と巡るのだが。
「どういう、ことなの?」
「あれ?聞こえてない?カゲロウに送らせるから、君はフェイに帰って良いんだよって言ったよ?」
 三度目。
 今度こそ立ち上がったラグが、いつもと何ら変わらない調子で真っ直ぐに紅を見てそう言い放つ。
「な、によ、それ…ちゃんと、説明してよ、分かるように!」
「わかんないかなあ。だからね…」
 うんざりとした様子で頭を掻くラグの襟元に飛びついて、胸元を掴んで揺さぶった。
「説明してよ!きちんと!筋道立てて理由を言ってよ!!」
 先ほどまでの殊勝な心境はどこへ行ったのか、紅を支配して突き動かすのは紛れもない怒りだった。
 この期に及んで自分を混乱させる、目の前の理不尽な対象へ。
 それに対してラグは一見冷静に見えた。
 けれど、疲れたように深い溜息をついた後、紅を見下ろす目にはしっかりと嫌悪感が見て取れた。
「嫌いなんだよ、君が」
「!!」
 ぐらりと、体重が傾いて、世界が反転する。
 気がついたときには、カーペットを背に、天井を視界に。
 ラグに押し倒されていた。
「ちょっ…何の冗談…」
「目障りでしょうがないんだよ。邪魔なんだ、君が」
 見下ろす男の表情からは完全に表情が消え失せている。
 本当に、紅相手に怒っている。嫌悪を持て余して。
「わっ、私だってあなたなんかっ、あなたなんか大っきらい…ッ!!離して!離しなさいよ!」
 全身でじたばた暴れるが、両手は片手で頭の上にまとめ上げられて、両脚は器用にそれぞれの足に縫い止められた。
「何のつもり…?」
「ほら、ね。君は俺一人の力にも全然、敵わない」
「……!」
 残った片手が紅の衣服を次々に緩めていく。
 信じられなかった。今自分に起こっていることも、押さえつけている男の行動も。
 何もかもが不自然で、あり得ないことのように思えて。
「…ラグ、ねえ、何のつもりなの?」
 紅は出来るだけ冷静な声で訊いた。震えるのはどうしようもなかった。
「何の、って?俺だって男なんだから、ふいに女が欲しくなったりもするよ?それがたとえ、嫌いな女とかでも」
 女には違いないし。
「…っや」
 呟いた声が、熱を持っていないのと同時に、妙にひやりとしたラグの指が紅の膨らみを探る。
「バカーっ!触らないでよ!今自分が何してるか分かってるの!?頭おかしくなったんじゃないの!??」
 とうとう混乱の極みに立った紅は上も下もなく暴れたが、先ほどの宣言通り、上に乗ったラグはびくともしなかった。
 彼が男で、自分が女であると言うだけで。
「頭おかしくなった?そうだよ、元からそうだ。分からなかった?」
 大きな手が強弱を付けて、紅の胸から身体を滑っていった。
 そのはじめての感触にたまらなくなって、顔を背けてビクビクと震えるしか出来ない。





 これは何かの罰なのだろうか。
 自分はそれほどラグの機嫌を損ねてしまったのかと。
 紅の困惑と混乱はおさまらなくて、抵抗すればするだけラグの拘束が強くなって。






「…っぁ、やっ」
 足を伝って、ラグの手がいつの間にか熱くなった部分に触れる。
 ここに来てたまらない羞恥心がこみ上げて、紅は涙でにじむ視界に首を振る。
「やだ、やだ…っ、いや、ねえ。ラグ、やめようよ…変よあなた」
 それでもラグはやめてくれない。手のひらや指先で刺激を与えられて、今までよりずっとびくびくと全身が震える。
「ぅ、やあ…!」
 とたん、たまらない刺激が駆け抜けて、こらえきれず嗚咽が漏れた。
 自分も知らないような胎内に、ラグの指が入って蠢いている。
 その事実を思うだけで顔から火が出て死んでしまいそうに恥ずかしかった。
 何だかここで家族の顔が思い出されて、懐かしくて申し訳なくて泣けてくる。
「…きつい」
 今までやっと無言で無心に、紅の身体を弄っていたラグはようやくぽつりとそう言って、その声にはやはり温度はなくて。
 紅はもう、ぼろぼろと両眼から溢れる涙を止めようとは思わなかった。
「処女だったね、君」
 何だかそう言ったことをさらに呟かれた気がしたが、指の動きがさらに激しくなってきちんとは聞き取れなかった。
「…大丈夫。ちゃんとするから」
 やっと指を抜かれてぐったりしているところでそう言われて、何が何だかぼうっとしているうちに、腰を掴まれてぐっと足を開かれる。
「……っ!!や」
 本能的に紅は恐怖を感じて身を引いた。それよりも、掴んで引き戻すラグの力が強かった。
「…要らない」
「っっっ、や、やああああああっ!!」
 一瞬呼吸を失いかけて、もたらされた痛みに悲鳴が喉を越えた。
 ラグはほとんど服も脱がずに、紅を征服していた。はじめての彼女を気遣うような躊躇いもなく、一度に。
「はあっ、はあっ、や、もう…やだぁ…」
 全身がどくどくと激しく脈打っていて、お腹の奥の激しい痛みは少しも治まる様子もない。
 小さく痙攣を続ける紅の様子をしばらく眺めて、ラグはやはり無言のまま動き出した。
 それから紅にもたらされるのはただ身を裂く痛みと、心を削るような息苦しさだけだ。







 これは、男と女が愛し合う行為ではなく。
 を傷付けるためにラグが行う暴力なのだと。




 知らしめるような苦痛で。






 とめどなく、紅のこめかみには行為の激しさから流れる汗と、透明な涙が伝っていた。









 

 

 

 

 

 


 ―――――――守ってくれるって、言ったのに。











 

 

 

 

 

 

 

 


 室内と室外の温度差で白く曇った窓の外で、いつしか白い雪が舞い始める。
 それはまるで、春を迎えた満開の桜吹雪のようで。





















 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

(2005.2.10)

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