11 幼なじみの関係













 もしかしたら、蒼い瞳から落ちる涙も蒼いのかななんて思っていたら、見たこともないような、澄んだ透明な色だった。

 

 

 

 

 

 

 

 









 ―――――――泣いてた。








 いっそのこと、憎悪に滾った目で睨み付けでもしてくれれば良かったのに。
 抱いた体は予想以上に小さくて熱くて、ずっと震えていた。
 悲しそうな、苦しそうな、傷ついた目でラグを見上げてきて。
 最後には顔を背けて、しばらく泣きじゃくっていた。










 後悔は、しない。
 ――――――これで、彼女を死なせないで済むのだから

















 あのあとくれが熱を出した。
 ラグは物言いたげな目を向ける、主に女性陣の視線に気付かない振りをして、今日も自室に籠もってベッドに倒れ込む。
 つかれた。





 最近、本当に心が疲れることが多い。
 どうしてだろう。やっと紅がもうすぐ、自分の視界からいなくなって、すっきりしてもいいくらいなのに。
「……」
 ふと、生まれた自分以外の気配に、ラグは大儀そうにゆっくりと体を起こす。
 ベッドの上に片膝を立てて、その上に顔を寄せるようにする。
「…どうしたの?何か用事?」
 それは、薄暗い部屋の闇から生まれるようにすうと現れた。
「やあ、こんばんは」
 目の前に立って首をかしげるように傾けているのはカゲロウだった。
「……昼間はどこにいたの?」
 見てた?と訊くと、カゲロウはゆっくり首を振って、
 ラグがいたから家の中のことは見てない
 と手話で答えた。そっかーとラグは無感情に頷いた。
 砂嵐メンバーでもラグしか知らないことだが、カゲロウは生まれたときから声帯に致命的な欠陥がある。
 大きな声を出したり、長い言葉を無理に喋ると命にも関わるらしい。
 だから通常会話は手話で行う。最もこれすらも長年、ほぼラグとしか行われていなかったが。




「俺のこと殴りに来た?」
 ラグは、紅を連れ帰ってからカゲロウに、俺か紅か、好きな方に着いていればいいよと言った。
 それ以来予想通り、カゲロウはほぼ紅を見守っていて、紅もカゲロウに他者とは微妙に異なる信頼を覚えているようだ。
 それすら計算上でのことだったが、この繊細な青年も違うだろう。きっと心から、紅のことを大事に思うようになっているはずだった。
 怪我を押して、救出に駆けつけるほど。
 だから、見ていないと言うそれが事実でも、何が起こっているかの予測は付いたはずで。
「俺を殺す?ヒギリ」
「……」
 名前を呼ばれて、無機質に問われてカゲロウはゆっくり首を振る。
 おれはそこまでやさしくないよ? 
「…どういうこと?」
 ラグの気の済むようには動いてあげないって事
 カゲロウの手の動きがそう告げて、また少しだけ首を傾けた。
 無言で目の前に立つ男を見上げて、怪訝そうな感情を前面に出す。
 これ以上ラグを傷付けたら、本当に死んでしまうよ。それも自分では無自覚に
「……ヒギリは良くわけの分からないことを言うね」
 ラグに言われたくない…
 言葉を綴っている途中で、ラグの手が伸ばされてカゲロウの仮面を外してしまう。
 視線と視線が交わった。
 久しぶりに見つめる、その瞳は相変わらず労るようなやさしさで溢れていた。
 昔から、この男だけは、自分のことを無償に案じ、愛してくれていると。
 見るたびに安堵する瞳が、今回ばかりは癪に障った。
 それに気づかぬカゲロウではなくて、やはり優しい笑みをたたえたまま『声』をつむぐ。
 おれの生きている理由は、ラグを守るためにあるよ。だから、おまえが望むなら紅をフェイに返してもいい
「…うん。そうして」
 思わず視線を逸らしていた。
 仮面を受け取ったカゲロウは、ふたたびそれを自分の顔に填めて、
 でも、紅が拒んだら、おれはウォッツで紅を守っていく
「…は?」
 それが、ラグを守ること、だろう?
「何言ってんのヒギリ」
 何だか驚いて呆れかえってしまったラグに構わずカゲロウは続ける。
 だって、紅が死んだらラグは死ぬよ。そう言うことだろう?
「言ってることが分からない…」
 項垂れて、ふて寝のようにベッドに転がる主人の背中を眺めて、そうか、まだ無自覚なんだなと思う。
 目の前の男は、様々な思惑に翻弄されて自立しながらも、複雑な心境を抱えた、まだ18を前にした少年こどもなのだと。
 だから、あの少女に対するきちんとした感情の正体を持てあましたままでいるのだ。




 無自覚だからこそ、あんな強引な方法をとったのかも知れないが。
(だったら紅は…可哀想だ)
 出来るなら今すぐ可能な限り慰めたいのだが、どうしてもラグの側を離れるわけにはいかないと思った。
 そう、一言だけでも告げておこう。
 紅はおれが守るから、ラグは心おきなく動いてきて
「わかった。頼むね」
 答えてから、カゲロウの気配が消えると、今度こそラグは左腕を下に、ベッドの上に転がった。







 一人になって目を閉じると、思い出すのはどうしても紅の熱さだったり泣き顔だったりした。
「……」






 守ると言った、あの時の言葉は嘘だった。
 それがいつしかラグの中で真実になってしまって、彼女にどんな傷も付けたくないという自覚に変わったとき、どうしたらいいか分からなくなったのだ。
 自分の所為でダインらに連れ去られて、酷い目に遭わせてしまった。
 側にいれば必ず、紅は傷ついてしまうのだ。





 自分に彼女は要らないのだ。と。
 傷ついてはいけない者は、側に置いてはいけないと思ったから。
 二度と側に寄る気が起こらないように、徹底的に、自分が傷付けてしまえばいいと思った。





 だからあの時、ほとんど事務的に犯した。
 身体はちゃんと機能したが、いつもの動物的な欲求はどこにも見あたらなかった。







 紅を、手放そう。
 手放すことが、出来たはずだ。  
 けれどその、引き剥がされる部分が死ぬほどの激痛を伴うから。





 紅にも激痛を刻んでおこう。
 俺を一生、忘れることが出来ないように。












 ラグはいわゆるそれが、独占欲や征服欲といった、愛情の末路に存在する感情なのだとは、まだ気がついていなかった。















 

 

 


 カゲロウはそのあとそっと、紅の眠る寝室に姿を現した。
 子供とはいえ女性の寝間に、と、カゲロウも気がとがめないわけではなかったが。
「…う…ん」
 寝苦しそうに眉間に皺を寄せる紅のまなじりに、濃い涙の影を見いだした。
 そっと、汗に濡れて張り付く髪をなでつけ、少しでも悪夢避けになるようと撫で続けた。
「くれ」
 喉を越えた声は我ながらつたなくて、情けない。
 けれど、この少女の存在が無くては、カゲロウの一番大切な少年は人間らしさを失ったままだった。
 やっと、動き出した気がするのだ。長かったラグとカゲロウの、15年以上にも渡る泥濘の時が。
 一緒、だよ、紅。
 ラグも、君のことがわけが分からなくて苦しいんだ。




 大切だから、要らないと言ったんだ。
 どうか、見捨てないで。紅はラグから離れないでいて欲しい。











 紅がラグの隣にいるときが、おれは一番幸せなんだよ?






 

 

(2005.2.10)
緩衝忍者。

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