15 ファインダー

 

 











 ナイドから、ほぼ脅し取った招待状は4枚。
 彼いわく、式典にはパートナーの女性を連れ立って来るのが決まりだという。招待状にもそう明記してある。
「良い対策ですね」
 開口一番にサブは賞賛の言葉を述べた。
 何か行動を起こすにしても、か弱い女性は足手まといになる可能性が高い。
 もちろん心身を鍛えた女性戦士も、ウォッツにはあまた存在している。しかしその人材は稀少で、目立つ武器を持たずにその本領を発揮できるものとなれば、かなり限定されてしまう。
「まぁ、一人二人ならともかく、そうそう強い女性集まんないもんねぇ」
 メイの煎れてくれたカモミールティーはかなり徹夜明けの喉に滲みた。お代わりを催促しても無視されるのがオチなので自分で注ぐ。
「とりあえず、メイ。来て貰って良いかな?」
「ええ、もちろんです」
 化粧を落とした美少女は、内心を一切伺わせないおだやかな微笑みで頷く。
 もともとメイの役割とはそれだった。
 相手を油断させ、隙をつく、場合によってはおとりでも人質にでもなる。
「で、あとはー、ハイメには来てほしーんだよねぇ。あとはエッジかマスターか…」
「みなさん男性ですね」
 少しも微動だにしない声がやんわりと突っ込む。
 ラグはそうなんだよねーと、ちっとも深刻じゃ無さそうに言って、メイの顔を見上げる。 ちなみに話題にも上げられたエッジは早々に二階で就寝してしまった。暴れ足りずにふて寝とも言うか。
「誰が一番似合うと思うー?」
「お付き合いする相手ですか?」
 恐ろしいことを顔色一つ変えずに聞き返す。
「や、女装」
 ラグの切り返しがまたさらに恐ろしい。
「まずエッジとマスターは無理じゃん。全身から男臭さ出てるし。あとはハイメと俺なんだけどー。ハイメも俺もいい加減でっかいもんねぇ」
 どうやら本気で悩んでいるらしいキングの姿を、メイはかなり優しげに見守っていたかと思うと、本心をぶち込んだ。
「正直に申し上げますと…どちらもはっきり言って見たくないです」
「やっぱ若さと体格で、俺のがマシかなー」
「キング、やる気満々じゃないですか」
「っていうか身長さえ気にしなかったらかなり似合うと思うんだよね、俺。ものすごい美女になると思うんだけどどう?」
「……それで、エッジさんとダンスを踊るんですね?」
「………」
 ようやく血迷った考えを諦めてくれたらしいラグに、メイは心底満足した顔で、お茶のカップに口を付ける。
「…それならばサーヴから戦力にならずともローザを呼び寄せるか、二人で行った方がより現実的だと思いますが」
 ぼそり。
 横からいきなり呟かれた一言に、ラグとメイは驚いて同時に振り返る。
「び…っくりしたー。いつからいたの、サブ」
「はじめからいました。さっきも発言しました」

















 数日後、一人の小柄な旅人が、トゥエルの街門をまたいでいた。
「やっと、やっと着いた…」
 血と涙と汗がにじむような感慨が、その呟きには込められている。
 一見して子供のような華奢な体躯は砂色のマントを纏い、頭部もすっぽりフードに覆われてその顔は見えない。
 トゥエルへの道程には広大な砂漠が広がっていた。
 慣れない砂の道に何度も体調を崩しかけた。病み上がりすぐに旅立った所為もあったが、すべて気力で乗り越えてきた。
 ここまで導いてくれた、姿の見えない手助けと、同道してくれた親切な商人一座の心遣いあっての旅だった。
(ウォッツにも、いい人がたくさんいるのね…)
 お金を払おうとしても、彼らは頑なに拒んだ。
 砂漠で助け合うのは当然なのだと教えてくれた。
 もちろん砂漠に限らずとも、人は一人きりでは到底生きてはいけないと、心から痛感した。









 トゥエルは予想以上の大都会だった。
 慣れたもので、先を行く道標の後を追いながら見知らぬ街を歩いていく。
 少しサーヴを離れただけで、ローブは迂闊に手放せないと学習していたから、胸元の紐はしっかりと握りしめて進んだ。
「…」
 そこで待っていろ、と合図がある。
 どうやら探してくれるらしい。
 探索能力は素人の自分よりも彼の方がずっと上手だ。申し訳ないが大人しく待つことにする。
 露天が並ぶ軒先で、そこは大きな広場だった。
 行き交う人もやはりモノトーン色調の、様々な自己主張をしている人々だ。
 浮かべる顔は皆快活で、活き活きとしている。自分の思うように生きている、自由さが伺えた。
「……」
 ここまで、辿り着いた。
 自分の意志だ。それはとても根気が要った。貫き通すまではさらに必要とした。
 いつでも帰してくれると、優しい、姿を見せない彼は言ってくれた。そして、気が済むまで好きにして良いと。
 結局は甘えることになった自分が恥ずかしい。けれどもう、我を張らない。
 自分に出来ることは限られていて、一人で出来る事なんてあまりにも少ない。
 気遣われて、助けられて、自分はここにいる。だから。



 見つけ出す。
 あの男に、もう一度会って。





 何を言いたいのか、いろいろと考えたけれど、何だかもう分からなくなってしまった。
 でも、それでいい。
 とにかく会って、そして。




 一発殴って、それから、考える。









「…え…」
 ふと、何の気無しに人の流れを見守っていた目が、何かを捉える。
 釘付けになる。
 それと同時に身体が動く。
 足が前に出る。
 もどかしげに駆け出す。


 視線は一定に、動かない。



 捉えて、離さない。



 見間違える、わけがない。






 この一月以上、あの男のことばかり考えた。



 それはもう、嫌と言うほど。
 離れてもなお、迷惑な存在。
 うっとうしく、厄介な、どうしようもない。




 ペテン師。




 

 

 

 









 ラグはその時、珍しくも立ち止まって考え事をしていた。
 小物屋に並ぶ、色とりどりの装飾品。
 それらはどれも綺麗で、値段はそれこそピンからキリまであるのだが、素っ気ないウォッツ国民の髪や肌を彩ってくれる。
 填め込まれた宝石も千差万別で、赤、黄、緑、紫、傾けると二色三色と変化するものもある。
「兄ちゃん、コレへのプレゼントかい?」
 店番の陽気な男が小指を立ててはやし立てる。
 ラグは曖昧に笑ってごまかした。さっきからじっと目が離せないのは。
「それかい?良い色だろう。トゥエルの貴婦人でも欲しがる“降霜の蒼ブルーフローズ”だ」
「うん、きれいだね。でも、本物には敵わないな」
「あ?」
「あ、こっちの話。ごめんね」
 贋作といちゃもんを付けたつもりではなかったので、睨まれて慌てて手を振る。



 確かにその蒼は、自然界で生み出される限界と思われるほど美しく清々しかった。
 けれどいくら綺麗に輝いていたって、命の、感情の灯火には敵わない。





 ラグは、この世で一番美しい宝石を知ってる。
 













まさにその時。
「…え…っ」
 人垣をかき分けて突っ走ってくる小柄な人物が目にはいる。
 見覚えのないマント。
 真っ直ぐに、自分に向かって邁進してくる。
 目を、疑う。


 そんなはずはない。
 ここに、いるはずがない。


 けれど、だけど。
 翻る、フードからこぼれる、赤。



 射る、この世で最もうつくしい、いろ。




 ラグの身体は完全に、硬直した。




「っの、アホ男ーーーーーーっっっ!!!」




 ごげん。






 騒々しい街並みが一瞬静寂に支配されるほど、鈍く、ヤバい音が響き渡った。











 生まれて初めて人様の頭部に跳び蹴りを食らわせ、面白いほどに綺麗に入ったので、着地したくれは、息を整えるより先に拍子抜けした。
 地面にべしゃりと音を立てて倒れたラグは、しばらくぴくぴく痙攣していたが、やがてむくりと身体を起こす。
 まだ地面に這ったまま、おずおず、信じられない眼差しで目の前に仁王立つ紅を伺ってくる。
 その顔面を改めて確認すると、紅はもう何が何だか、止まらなくなってしまった。
「…このっ」
 しゃがみ込んで胸ぐらを掴んで引き上げ、思い切りその顔に拳を入れる。
「変態バカアホ間抜けボケ変態サドホモハゲスケベペテン師死ねッ!!」
 ごすがすどかばきごき。
 とことん言いたいことを言って好きなだけ拳や平手や頭突きや蹴りを浴びせる。っていうか変態二回言った。
 ラグはラグで未だ衝撃から立ち直れないのか、「げふ」とか「がげ」とかいかにもやばそうなうめき声を上げ、まともな抵抗も出来ずされるがままだ。
「はあ、はあっ…」
 ようやく息を吐いてラグを解放すると、紅は上がる呼吸を押さえるのに精一杯だった。突然感情が爆発したので頭が熱かったし、きっと顔も赤かった。
「……く、紅…」
 ラグは何とか身体を起こし、とりあえず先ほどの「ホモ」と「ハゲ」は否定しておきたいと思ったが、紅の顔を見上げて一旦やめた。


 紅は、泣きそうだ。



 否、もう泣いているかも知れないくらい、顔を歪ませていた。
「…どうして、ここに」
 出来るだけ心を殺した声で尋ねた。地面に座り込んだまま、俯く紅を見上げて。
「あなたの言うことなんか、聞かないわ!」
 真っ直ぐに、その声が応えた。



 泣きそうに、怒りなんだか痛みなんだか、分からない表情で真っ赤な顔をしていて。
 胸を反らして立つ少女を、



 ああ、紅だ




 切実にラグはそう感じた。
 もう二度と、見ることはないと思っていたのに。
 以前最後に見た少女は悄然とした、泣きはらした目をしていたのに。
 目の前に立つ紅は、相変わらず自分に掴みかかって、殴りかかってくる、以前の。
 傷付ける以前の、紅だ。




「俺を、殺しに来たの?」
「殺したい位憎いわ」
 ぽつりと呟いた問いに、紅の答えは早く、細めた目元には本物の憎悪が籠められていた。
 そのことを幸せだと思う。




 ラグはこの瞬間、間違いなく紅に殺されたいと思った。
 そして、こんな真っ直ぐで優しい女の子に、こんな顔をさせるほど傷付けたのは自分なのだと、今更ながらに思う。





 どうして、どうして。
 帰ってくれなかったのだろう。故郷へ。
 どうして俺の前から、綺麗にいなくなってくれなかったのだろう。




「殺したくても、殺したってしょうがないもの。意味のないことは嫌いよ。だから私はただ、一言いいに来たの」



 紅は真っ直ぐに、毅然とラグを見下ろして言う。
 ただその、一言を、伝えるために?




「私はあなたが嫌いよ。世界で一番嫌い」




 まっすぐに。





 貫かれた。





 蒼の、清冽な、眼差しに。







 ラグはその時、落ちた。













 紅が好きだ。
 











 

 

 

 

(2005.3.2)
変態は否定しないんですかキング。

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