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17 beauty and the beast1

 

 


















 4月某日。17:45。快晴。
 トゥエル0番街テンブレイヌ山天頂。
 王城開場。












『ブツッ…じっ、じじ…っぁー、あ、あ聞こえますカー?』
「はいはい聞こえてるわよー何?始まった?」
『うん今から四人で入場しまーす。あとの報告はカゲロウとマスターから入るから。俺たちからの回線は一方通行で切ってくれ。よろしくね』
「はいはいまっかせなさーいって、やっと出番ねえ。待ちくたびれたわ。気をつけなさいよ」
『うんありがとーあとねっ、あとねっグッジョブ!』
「んー?」
『ドレスの見立て君がしたんだろ?めっちゃくちゃかわいい。すごいイイ』
「そーでしょそーでしょあったり前よー。ところでアンタその辺ちゃんと納得してんの?」
『うん』
「ならよし。あの子を白いまんま護んなさい。無事帰ってきたら押し倒しても黙認してあげるから」
『え、君の許可がいんの?』















 大理石のフロアー。貴石をふんだんにあしらわれた天井にはまばゆい荘厳なシャンデリア。
 すれ違うひと全てが豪華絢爛に着飾った、まごうことなき上流階級のオーラを放っている。
(これはもう・・・開き直って居直るしかないわね)
 くれはひとり、そんな光景を前にしてひっそりと息を吐いた。
 今は壁際に一人、目立たないように立たされている。
 社交界どころか貴人の居るようなこんな場所に来ることすら初めての自分が、にわかお嬢様を演じなければならないのだ。
 それに際してのサブの根回しは徹底していた。
 他の三人が角が立たないよう最低限の挨拶回り(詳しくは分からないがラグはそう言っていた。出席者のチェックと言ったところか)をしている間、紅は待機である。
 城内に潜入しているのは実は砂嵐で5人。ラグ以外ではカゲロウが人目を忍んで潜伏しているらしい。
(それにしても…)
 出来るだけ壁際で、柱の陰に隠れるように立っていても紅は針のムシロ状態だった。
 ウォッツではあまりにも目立つ、髪と目の色がそのままだからだろう。
 と、紅自身は思っているのだが。
 実際はそれだけではない。
 高く結って散らした赤い髪が、むき出しの白い肩に落ちて映え、ピンクのチョーカーがその首の細さを誇張するようだった。
 さらに身に纏うドレスは、会場の何処を見渡しても他にいない、純白の色。紅自身の持つ色が鮮やかなだけに、許される映える色。
 他の貴婦人が足元までを覆うロングドレスがほぼだというのに、彼女の丈は膝をわずかに超える程度と短く、華奢な足元が伺え、揃えたピンクのショートブーツが愛らしさを強調していた。
 割としっかりしていてシンプルな上半身に比べ、ふわふわのスカートのバランスがまた絶妙である。
 言ってしまえば紅の年若さ故のかわいらしさ、女の子が持つ特有の愛らしさを最大限武器に回したデザインなのである。
 なので、会場の、おそらく壮年中年層の多い出席者は男女問わず紅のかわいらしさに頬を緩め目を癒されっぱなしなのだった。
(こ、こうゆう服、普段着ないけど、趣味じゃないんだけど…)
 さすがに注目を浴び続けていると顔が赤くなってきて俯いてしまう。動きやすいよう丈の短いドレスだったのは幸いだが、一人すねを出しているのもかなり恥ずかしかった。
「クレア、お待たせ」
 だから、知った声に名前を呼ばれてわずかながら安堵を覚えて顔を上げたのは少しばかり迂闊に過ぎた。
 その相手がラグでなければ少しは気分も報われたろうに。
「別に、待っていないわよ」
 安直な偽名に改めて肩をすくめて、目の前の長身を見上げた。
「……」
「ん?なに。はい、喉乾いたでしょ。飲み物。フルーツジュースだから。アルコールじゃないから」
 喉が渇いていたのは確かなので、素直にグラスを受け取って、冷たいジュースを口にする。
 しかし、この男は本当に無駄に足が長い。
 すなわち背が高いというワケなのだが。顔を見る度に首が痛い。これでは。
「やっぱりあなたと踊るのは気が重いわ」
「まだ言ってるし。ちゃんとリードするよ。ふざけたりしないよ?」
「当たり前でしょう?」
 自然顔が憮然とこわばる。
 “あれ”以来、ダンスの練習がおろそかになってしまったのは否めず、大部分の理由が紅がラグを避けまくっていたことに寄るのだが。
「…アイリとジョイは?」
「今から別行動ってことで。フロアにいなくても心配しなくて良いからね」
 耳元で囁かれてすかさず距離を取る。
 他意はないと分かっていたからここで殴ったりはしないが(そもそも目立つ行動は控えなければ)
 ちなみにアイリとジョイはメイとハイメの偽名である。ウォッツでは良くある名前らしい。
「それにしても紅、可愛い」
「……っ」
 真顔で言われて今度こそ振り上げてしまった腕を、なだめるようにラグが掴んで下ろす。
「可愛い、可愛い、可愛い。世界中に俺の好きなひとですって自慢したいねえ」
「今すぐその口を閉じないと世にも大変なことになるわよ」
 肩口に鳥肌を立てているのを見て、ラグは苦笑しながら掴んでいた手首を離してあげた。
 本当のことなのになあ。
「あなたこそまるで別人ね。口を開かなければ」
 さすがペテン師。最後の一言まで口の中で呟いて、ラグの反応がないことにほっとする。
 いつも真っ直ぐの黒髪を自由に下ろしているラグは、今日に限って髪を上げ、わずかに外見年齢を上げる仕様である。
 紅とは対照的なブラックフォーマル。今は胸に下げている白い手袋を填めれば使用人とお嬢様の出来上がりかも知れない。


 まあつまりは、紅もうっかり反応に困るほどには目を惹く格好良さだったのだ。







「式典はいつ始まるの?」
「ん、もうじき。俺たちは末席も良いところだから、王子と国王の声が聞こえればいい方だろうね」
 グラスが空になっても進展を見せない会場に、紅はたまらず問いかける。
 ラグの答えに、さらに首をかしげる。
「…それで良いの?」
「ん?良いよ。あとは打ち合わせ通り」
 潜められる声音に、紅はこくりと頷く。
「大丈夫。何かあっても“彼”が護ってくれるよ」
 紅の緊張を和らげるためか、明るい声が前を向いたままそう励ます。
 だからこちらも前を向いたまま、真剣なままの声で答える。
「“彼”を信じていないわけじゃないけど、頼り切るのはいやよ。彼の負担にならないよう、せいいっぱい自分で考えて動くわ」
「…妬けるね」
「え?」
 くすりともらした笑みと共に呟かれた台詞に、確認の問いかけをするよりも早く、その時。
 ざわりと、どよめきが生まれ、それは次第に静けさへと移行していった。
「式典の始まりだ」
 ラグの声も、何処か緊張を帯びる。
 広い広いフロアーの、ひとの埋め尽くす先にバルコニーがあって、そこで開式の辞や祝辞、式典にはありがちな演説がつらつらと語られているのが聞こえる。
 ほとんどこの国の事情に明るくない紅にも、現在の頂点に立つ王族への好感は抱けそうにない印象だった。
 あとはもう長いだけの話も流すだけになる。
 そうすると。
 意識するのは隣の男だ。
 真っ直ぐに、一見真面目に国王の御する上座を見つめ、立っているように見えるのだが。
 心中は穏やかではない、と見て、紅は目を逸らすと顔をわずかに伏せた。



 この男と、他8人の人間の、願いが今日、叶う。
 それに自分が、荷担している。



 手のひらが自然と汗ばむのを感じる。




 その、決意を新たに、気を引き締めようとするすぐ先に、この男が。
 ラグが自分を好きだと告げてきた事実が頭を過ぎった。
(なっ)



 何故、今更思い出したのか分からない。
 けれど何度頭を振って追い払おうとしても、気を抜けば思い出してしまう、わずか一週間前の出来事。



 “好きだよ”
 “大好きだよ”
 繰り返す、音。



 離れてくれない、一瞬だけの感触が。
 紅に油断を生んでしまう。




 だめ、こんなんじゃ。集中しなくちゃいけないんだから。
 大体もうラグのことなんか考えない!煩わされたくない!




 たとえ、生まれて初めて好きだと言われた少女の、当然の動揺だとしても。
 その甘えさえも、今の自分に許してはならない。





「……!」
 紅は不意に現実に引き戻された思考に、目を強くしばたたいた。
 唐突すぎて、あっけにとられて、ろくな抵抗も出来ずに隣を見上げる。
 ラグが、
「……」
 反論しかけた口を、紅は自然と閉ざした。
 隣に立つラグが、何の断りもなく紅の手を握ってきたから、振り解こうと見上げたのだが。
 ラグの顔色が尋常ではなかった。
 青い。というより白い。
 視線は真っ直ぐに、人垣の向こうで見えないバルコニーを見据えている。


 今、静まったこの場に響くたったひとつの声は、重厚で、低く、威厳と自信に満ちた男の声。
(これが…現国王、イージス・カイエ…)
 説明されずとも紅にはそれが分かった。
 彼は、形通りの、式典への出席、息子への賛辞と激励を述べ、ついで朗らかに述べた。
「このよき日を無事、迎えられたのも皆の支持あっての賜物。大いに感謝をしている。これからも鋭意、我が国家に仕えてくれ」
「…っつ!」
 紅は何とか悲鳴をこらえる。
 ラグの指が痛い。強く、力を込めた指先が、それでもどうしてこわばるように冷たいのか。


 紅はあえて隣は見ずに、何事もなかった顔を装って、真っ直ぐ前を見据え続けた。
 母を殺された、その事実が現実あろうがなかろうが、この手を、離してはいけない。
 この男をこの場に繋ぎ止めるのは自分の役目なのだと思った。
 そして誰よりもラグ自身が、それを望んでいるのだから。



 しばしの間を置いて、新たな声がバルコニーから届く。
 少し癇に障る口調の、若い男の声だった。
 ではこれが、本日の主役であるナイド・カイエなのだろう。
 初めて聴く声は、父親同様、先の評判を裏切らない性格のようだ。紅はひとつ息を吐いて、力は弱まったが離れる気配のないラグの手をちらと横目に見た。
「…ラグ?」
 小声で尋ねると、彼は紅の存在にようやく気付いた様子でゆっくりこちらを向いて、ゆっくりと瞬きを繰り返した後、焦点を結ぶ。
「…え、あ、何?」
「しっかりしなさいよ」
 きっぱり短く、どうしようもなく小声になる、紅の激励に、要領を得ないラグは首をかしげる。
「私はここにいるわ。足を引っぱらないよう頑張るから、あなたも頑張りなさいよ」
 声なんかで、我を失ったりしないでよ。
 今日初めて、真っ向からラグの瞳を見据えて。
 首が痛いなんて、言い訳を自分でしたりしないで。
「私が居た方が、ラグにとっては良いんでしょう?」
「…………うん」
 長い長い沈黙を置いて、ラグはこくりと頷いて、ようやく、目元を和ませて紅を見た。
 あの、独特な、感情の込め方に戸惑うような、ラグの笑い方。作ったものではない、本物の。
「…ありがと」
 きゅっと、繋いでいた手のひらを一度解いて、指を絡ませてくる。
 紅は我慢して、黙認してやることにした。そのかわり顔は逸らす。
「…あ。ごめん、ごめんね。痛かったね」
 強く握られすぎて赤くなった紅の手首と、爪に傷付けられた手の甲に、ラグは子供に向けるような謝罪を述べて、繋いだままの手を持ち上げる。
「平気よ、このくらい」
「でも見てると俺が痛いよ」
 強がる紅に構わずラグはその傷口に平然と口を付ける。
「……っちょ」
 空いた片手で何とか口元を押さえて声を抑えたが、湿った感触に這われて肩が震えるのはどうしようもない。
「(舐めないで良しッ!!!)」
 小声で絶叫。もうむしろ涙声かも知れない。
「…ごめん、痛い?」
「い、痛いとかそう言う以前に…」
「ありがと、紅。元気出た。がんばれる」
 今度は、確信犯的に手の甲に口付けられる。
 手を急いで振り解いて、睨み付けるが、ラグはもうすでにいつも通り。
 飄々とした、何か腹に一物二物持っていそうな男の表情だった。









 

 

 


 さあ、そろそろ動き出そうか?









 

 

 

 

 

(2005.4.12)
口説かれるのには慣れてません。

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