17 beauty and the beast2

 

 

 









『おぅ、聞こえてっか?』
「ああ」
『よっしそれじゃあ今から俺様が直々にナビゲートしてやっから。くれぐれもしくじんじゃねえぞ』
「わーってるよ。うっせぇなぁ…」
『いいか?左がフォークを持つ方で右がナイフを持つ方だぞ?間違えんなよ?』
「てめぇ…戻ったら覚悟しやがれ」
『まーまー、緊張ほぐしてやってんじゃねえか。ジョーダンの通じねえ奴だな若いのに。それともナニか?てめぇはこの一大事にこれっぽっちも緊張なんざしてねえと?』


「ったりめーよ。それどころか全身の筋肉神経気管が早く暴れてぇって騒ぎっぱなしだ」




『…へっ。頼もしぃ限りじゃねえか』















 ラグら4人のメンバーが「正規」の手続きを踏んで城内へ潜入している傍ら、サブが目を付けた山側のルートをひっそりと進んでいるのはエッジただ一人だった。
 彼ら4人と潜伏しているカゲロウが内部からの破壊を謀る。
 残された5人は外部からの破壊に全力を尽くすのだが、実際動いているのはエッジだけなのである。
 フクロウは戦力外、専ら作戦終了後が彼の独壇場である。
 ローザも同じく戦力外であるが、マスターの発明した離れたところでも声の届く「キカイ」が間に合ったので、その管理をしながら本人の担当である連絡係だ。気が抜けない。
 残るサブは、実は体術と棒術の使い手でそれなりの働きを見せ、なおかつ持ち前の存在感の無さでカゲロウが歯ぎしりしてうらやむ適任者であるのだが、「体力ねえ奴は足手まといだ」とエッジが断固押しやってしまった。
 なのでサブは要所の見張り、見回り担当だ。普通に歩いていて気付かれないというのは幽霊並みに得がたい人材である。
 サーヴやフォートにいたメンバーもそれぞれ今日に限ってはトゥエルに駆けつけ、全員が終結している、筈だったのだが。
「おっさん、いい加減やる気ねえな」
『いーじゃねえかよ。声は届いた機材も届いた。俺様本人は居なくても十分だっろ?』
 脳天気且つ不敵な声が、エッジの耳元から響いてくる。
 ぴきりと浮く青筋を意識しながらも、オッサンの相手は諦めて黙々と険しい断崖を両手両脚のみを使って上っていく。
 そう、今回に限らないことだが、マスターだけは不在である。
 今はフォートの街道からトゥエルに全速力で向かっている途中らしいが、遅刻の原因が「寝坊した」という時点でそれすらも怪しいところだった。
「ったく、ハイメは間にあったってのによ…」
『おう!俺様の指導の賜物でハイメは無事あれをマスターしたぞ!シャレじゃねーからなっ』
「…回線切っていーか?」



 疲れる会話をほぼ強制的に打ち切って、エッジは登山に意識を集中させることにする。
 向かうはテンブレイヌ山天頂西部、管制塔のある一角である。
 それに限らずに、エッジはマスターの指示通りに各所に時限爆弾を設置、仕掛けを発動させてこなければならない。
『俺たちの打ち上げる花火がお祭り開始の合図だ。キレーな花を頼むぜぇ』
「へーへー…っと!」
 両腕のみで身体を持ち上げて、ようやく目指す足場に到達した。
 うっすらと額に汗が浮いてはいたが、呼吸に乱れはない。ふっと一度だけ息を吐き出して、折った巨体をゆっくりと起こす。
「…あっちか」
 視線の先に管制塔を見いだして身体を向ける。
「動くな」
 ひやりとした切っ先と低い声がエッジの首裏を正確に捉えていた。
「……」
 あまりに唐突に、降って湧いたような存在感だった。気配には聡いエッジが、今の今まで反応できずにいたのだ。
「…誰だてめぇは」
「それはこっちの台詞だ。何だてめえは?」
 若い、声だ。エッジと同年代、少なくとも20代から30代といったところだろう。
「名乗る名はねえよ」
「では墓標に刻む名は要らんな」
 足元を高所ならではの風が伝っていく。
 ちきりの頭の横で唾鳴る、後ろの人物の獲物。
「ひゅっ」
 エッジはその瞬間、前屈みにしゃがみ込んだ。
「!?」
 そのまま身体を反転させ、振り下ろされる斬撃を腕で受ける。


 ガキィィン!


 硬質な音が殺風景な背景に響く。
「ほぉ…」
 向かい合った男の口から漏れたのは感心したような呟き。
 受け止めた腕には鉄塊が仕込んである。衝撃は完全には殺せないが無傷でしのいだ。
「てめぇ、城のモンじゃねぇな」
 確信を持って呟いた一言に、一度引いた円月刀をくるりと持ち替えた男は薄く笑んだ。
「と、言うということは貴様も増援では無さそうだな?」
 相手の言葉に一瞬眉を潜める。
 そしてすぐに、この騒動に駆けつけてこない兵士の現状を悟る。
「キレーに掃除してくれたってことか。ご苦労なこって」
「…と、思っていたのだが貴様というでかいゴミを見つけた。散れ」
 言葉と同時に繰り出される鋭い一撃を、今度は真正面から受け止める。
(重ぇ…!)
 受け止めるのもぎりぎりな敏捷さで、なおかつ押し返すのも骨が折れるほど強烈な重圧。
 かなりの使い手。それも、今までお目にかかったことがないほどの。


 拮抗したまま噛み合った剣と剣が、かたかたと震え、手に振動を伝えてくる。
 男は、自分ではないと知っているから、目の前のエッジを見上げる。いかにも涼しげな目で。
「…怖れているのか?」
「…馬鹿言え…!」
 エッジの形相に、男はほんの少しだけ目を見開く。
「嬉しいんだよ!てめぇみたいな強ぇ奴と戦えて、そいつをメタメタに切り刻むことが出来るんだからな!オレって奴ぁ幸運だぜ!!」
「………」
 高まる興奮を抑えきれず笑い声を上げるエッジを、男はしばし静かに見つめていたが。
「アブないぞ、お前」
 言われた。
「ほっとけや!」
 ぎんと耳障りな音を立てて噛み合った剣が打ち上げられる。
 間を置かず繰り出される迅速な突き。
 速い。
「…ぐぉっ」
 上半身をひねって何とか致命傷は免れたが、左上腕を浅くなく抉られて、血が飛ぶ。
「そう言う生意気な台詞は俺を地に伏せてから言って貰おうか」
「おーぅよ、今に地面といちゃつかせてやるから待ってろ!」
 戦闘中は口の減らないエッジである。
 勝算が万に一つもない絶望的な状況でも、彼は自分の勝ちを信じて疑わない。
 戦っている最中、そもそも負けると思うことが負けなのだ。それは彼の持論であり、ウォッツでも広く普及している考え方だ。



 ふっと男の纏う気配が一変する。
 遊びは終わりということか。


 エッジも一度短い息を吐き出すと、前に構え、自ら仕掛けていった。
「うらぁっ!!」




『あーーーーーーーーー!!!!』







 今まさに死闘を繰り広げようとしていた二人の間で、低く渋い奇声。
 これに当然面食らったのはエッジも同様で、しかも足元は整地の成されていない砂利道。
 都合良くでかい小石に滑り、傾斜の関係から谷側の男にぶつかる。
「うお!?」
「へぶぅ!??」
 どしっと鈍い音を立て、二人は剣を手に持ったままごろごろと絡まり合って転がる。
 何とかおさまった頃には二人とも妙な息が上がっていて、再び対峙するどころではなかった。
 っていうか、絡まり合って転がっている間、あり得ない感触が。
「…お前、女か!?」
「だったらどうした。冥府での言い訳に困るか?」
 言われ慣れているのか、男改め女剣士の反応は平然としていた。
「第一何ださっきの声は。卑怯者が」
「あっ、そうだ、マスターてめぇ!!」
 耳のカフスをひったくるようにもぎ取って、エッジは激怒の咆哮をたたき込む。
 この向こうで耳を押さえるマスターが見えるような気がしたが、構う気はさらさらない。
『や、悪り悪り』
 めっちゃ軽い。
『こっちからも声聴いてたんだがよぉ、お嬢さん、あんたあの剣豪キリーだな?』
「何ィッ!?」
「俺はもうお嬢さんなんて呼ばれる歳じゃねえけどな」
 本人の突っ込みはそこらしい。
『いや、驚いた。まさかあの生きた伝説にお目にかかれるとは。目にかかっちゃねーけどなうひゃひゃ。レジスタンス“ブロッサム”は事実上解散って話だったからな』
 レジスタンス“ブロッサム”の剣豪キリー・クアンドラの名はウォッツ中に広まるほどの有名である。
 女性でありながら、引けを取らないどころか、どんな男性も一撃の下に切り捨てる必殺剣の使い手であるという。
「…良く口の回る男だな。そのヘンテコ物体から聞こえてくると言うことは、お前らは“砂嵐”か」
「知ってんのか」
 やや意外な面持ちでエッジが訊くと、キリーは衣服の埃を払いながら立ち上がり、頷く。
「ここの所何かの動きを見せるだろう…とな。貴様らは自分たちが思う以上に隠れ切れていない。しかしそうか…では俺はここで引こう」
「はぁっ!?何勝手言ってんだてめぇ!まだ決着は着いてねえじゃねえか!」
「お前らの頭が動いているのならこれ以上の戦闘は無用だ。俺は帰って寝るとする」
「無視すんな!!」
 本当に鮮やかなまでに綺麗にシカトされ、それでも納得もいかず欲求不満なエッジはぎゃあぎゃあ喚き続けている。
「…また縁があれば遊んでやるから、喚くな」
「うがーっ!!暴れたりねぇーっ!!」
 あっさり山を下りていってしまった生きた伝説に、エッジはそれこそ切り刻み損ねたと未練たらたらながら、マスターに促されて仕方が無く管制塔に向かう。
 腕の傷は布で縛って止血をしたが、こっちが斬られ損だ。
 いっそ城から増援でも来ればいいのにと不謹慎な思考を巡らす。
『ま、ま、そうぼやくなよ。行き途中も見張りの兵士と散々やったじゃねえか』
「あんな雑魚と一緒にすんな!ちくしょー、斬りたかったぜ…」
『今斬っちゃ不味いだろ。キリーの目的はそもそもキングと一緒なんだぜえ。斬っちまってたら、“めっ!!”じゃすまねぇぜぇ』
 ようやくたどり着いた管制塔の素っ気ない足元に、背負ってきた装置を固定して手順通りにセットする。


『なぁ、美女と野獣っていう昔話知ってッか?』
「ああ?」
 エッジが作業をしていると、突然マスターがぼやきだした。
 否定も肯定も待たずに、彼は淡々と続ける。なにせ俺様だから。
『残虐非道な振る舞いの王子様は、身も心も獣になるという呪いを受けるが、少女の愛で心を取り戻し、ヒトに戻るという話だ』
「はー」
 エッジは生返事だ。手元の作業に集中していて聞く気はさらさら無いらしかった。
『王子様は愛を見つけたらしーからなぁ。人間に戻してやろうじゃねえの、俺たちで!』
「あ?お前さっきから何ごちゃごちゃ言ってんだ」
『え、聴いてなかった!??酷ッ』
 







 管制塔、裏門、裏庭、テンブレイヌ山に5つ、カゲロウの手によって城内に20。
 計50余のマスターお手製時限爆弾が、遠隔操作のリモコンによって時を刻み出す。



 エッジは途中駆けつけてきた見回りの兵士を吹き飛ばすように切り刻みながらものすごいスピードで山を下る。
「オラオラどけどけぇ!バラバラに吹っ飛ぶぜ!!」










『5…4…3…2…1』









『ゼロ』











 山が、火を噴いた。











『た〜まや〜♪』



 あとは、獣の王子様が悪玉を倒して人間になって帰ってくるのを待つばかりである。









 

(2005.4.15)

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