17 beauty and the beaust3

 

 

 

 

 











 奪われた殺された傷付けられた盗まれた失われた






 奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた








 では









 奪い返してやる




 思い知らせてやる







 奪って奪って奪って奪って奪って



 同じいやそれ以上の恐怖を屈辱を後悔を苦痛を懺悔を。


































「ねえ」




 不意に現実に引き戻されて、ラグは一度だけ強く頭を振った。
 そして、不本意そうに自分の袖口を引っぱる少女を見下ろす。
 一瞬、ほんの一瞬、誰だっけと思案して、すぐにそんな思考に至った自分に愕然とする。



 紅。紅。紅だ。この色を、忘れるなんて、一瞬でだってどうにかしていた。
 白いドレスを纏い、普段とは違う様相の紅は訝しそうに、返事をしないラグを強い視線で見上げる。
「あなた、何を考え込んでいたの?しばらくぼーっとしていて、呼んでるのに返事もしないで」
「ご、ごめん。本当に…」
 心から、動揺している。
 それに気付いて、俯くラグの様子に紅も、首を傾げて無言で見上げてくる。
「ラグ」
 呼ばれて、今度はすぐに反応して目線を上げると、


 ばぎぃっ



 肉と肉がぶつかる生々しい音がした。
 人気のない回廊だからと、紅は容赦無しにラグの頬をぶん殴ったのだった。もちろんグーで。
「く…くれ…?」
 目の前では星がちかちかと回っている。いやぁホントにパンチの威力増してるよ(エッジってば余計なことを)
「目が醒めた?」
 腰に手を当てると、紅は相変わらず強い眼差しで見上げてきた。
 その瞳を、真っ向から受け止めて、思わず頷く。
「…うん」
 



 自分が抜け出そうとしても抜け出せない、底なしの沼で足を取られていても、この少女はいとも簡単に引き上げてくれる。
 迷うことなく、自分はこの少女の元へ戻ってこれると、確信できる。
 紅が、居るのなら。




「…で、計画通りに脱出する招待客の目はごまかせて、城内奥にまで来てる筈なんだけど、道は合ってるの?」
 エッジやカゲロウの仕掛けた時限爆弾が作動してからしばらく経っていた。
 これからまた、10分おきや30分おき、不規則に各所で爆弾が作動していくはずである。時間内に目的を達成させて脱出しなければ、下手すれば城内に生き埋めになってしまうのだ。
 目的の達成とはもちろん、現国王一家を再起不能状態にすること。


「大丈夫。サブの製図に狂いはない。俺の記憶力も侮らないでね」
 ラグは気を取り直して小さく笑みの形に顔を作る。
「即答するにはまだ早いみたいだけどね」
 言っている側から、近づいてくる数人の足跡。
「この混乱に乗じて陛下へ近づこうとする賊を逃すな!」
「見つけ次第殺して構わん!」
「やれやれ…予想以上に国王陛下は慕われておいでだね」
 皮肉って肩をすくめてすぐ、ラグは腰の獲物を引き抜く。
 そして、死角から飛び出した先頭の男が目前の不審者を目にして足を止め、叫ぶ。
「き…貴様何者!出会え!!賊を見つけたぞ!!」
 そしておそらくそれが、彼が口にした最後の言葉だ。











 しばらく戦闘と進行を繰り返し、その際中幾度となくカゲロウであろう協力もあって、ラグが物陰にあって普通であれば見落とす壁のくぼみを見いだした。
「これだ」
 短く告げて、手のひらで深く押し込む。
 すると壁一帯のゆがみが浮き彫りになり、押し戸は簡単に姿を現した。
「近道はっけーん。どうも昔とはずいぶん様相が変わったみたいだけど、サブすげえ」
 上機嫌のラグの水を差さないように紅はそっと息を吐いた。
 以前からそうだとは思っていたが、先ほどの口ぶりといいラグは昔城内にいたことがあるらしい。
 おそらく彼が因縁を覚えた、忌まわしく思い出したくない類の記憶だろうから、極力触れないようにしているが。
「さて、紅」
「な、なによ」
 唐突に振り返ったラグに呼びかけられて、何となく居住まいを正す。
「君はここで見張りよろしく。こっからは俺一人で行くから」
「…なっ」
 思わず即座に、抗議の声を上げかけて。
 一呼吸、置く。
 それでもかなり声色が怒りに震えるのは否めなかったが。
「それって…どういう事?私、ここに来てまだ何もやってない気がするんだけど」
 やったことと言えば、ただひたすらラグにくっついて手伝いをしただけだ。
 あとは慣れないドレス姿で招待客にさらされたくらいか。
 紅の怒りに気付いていないはずはないだろうに、全く関与しない口調でラグはあっけらかんと言う。
「いや、だって紅の最大の役割がその目立つ容姿でパーティーに来て貰うことだったし…って危なッ」
 読点を待たずに繰り出された拳をラグは何とか避ける。
「何よそれっ」
「いや、怒ると思ったけど、本当のことだし…それにここの見張りも重要だよ?メイがじき合流してくると思うけどそれまで紅一人で危ないし…」
「そのくらい、やりとげてみせるわよ!」
 言い切った頼もしさに口元が緩む。片手を顔の横に上げて見せて。
「じゃあ、よろしくね」
「……ッ、分かったわよっ。ヘマなんかしたら承知しないからっ!!」
 丸め込まれた感に、納得がいかないが、時間も押していると察してか紅は素直に認めた。釘を刺すのも忘れない。
 しかし、次のラグの言葉に顔色が豹変する。
「…わかった。じゃあ、紅、キスして?」
 ごげん。
「ごめんなさい。あなたの顔に止まったハエを潰すのに夢中で聞こえなかったわ」
 もはや条件反射とも言える拒絶である。
「……」
 切ない哀しみを感じながらも、赤くなっているであろう顔面をさすりながら、ラグはめげなかった。
「だって俺、実は自信なんて無いし。さっきも我を失いモードでやばかったし。だから紅からおまじないとか貰えたら頑張ってこれると思って…」
「何ジメジメ言ってんのよ今更」
 紅の声は冷ややかだ。
 この男は紅に全てを捧げるとか何とか言って、一生謝り続けるとか殊勝だったのに、調子に乗りすぎではないだろうか。
 大体、実力主義で力が全て(運も実力のうちだが)のウォッツにおいて、おまじないに頼るとは軟弱な。気を紛らわすための方便だとしても。
「…っ、大体ねぇ、心持ち次第で結果が変わるなら最初っから本気で行きなさいよ。うまく行かなくて、それで私の所為にされるのも、後味悪いのも真っ平ごめんだわ。どうせなら」
 ラグがふと視線を向けたので、その瞬間ばっちりと二人の視線が交わった。
「そういうのは、うまく行った後のご褒美にとって置いた方がありがたみがあるわよ」




「………」
「………」
 間。 



「…って、あ、あの、今のは…!」
 すぐに事態に気がついた紅が、前言を撤回するよりもラグの対処は早かった。
「わかった。ぱぱっとやってちゃっちゃと成功させて帰ってくるから、上手く出来たらご褒美のキスね?」
「ちょ…っ、ちがっ…」


「おっけぃ!今の俺は素手で像でもれる!」
 ホントかよ。



 謎の宣言をして、ラグはものすごい足取りで隠し扉をくぐって行き、あっという間のその後ろ姿が見えなくなった。
「あ〜…」
 紅は留め損なった手のひらを、空でわきわきと掻いて、諦めてぱたりと下ろす。
(何であんな事言っちゃったの私〜)



 もう後で無かったことには出来ないだろう。
 とはいえ、計画が失敗してしまっては元も子もない。
 これは…ラグにキスするのはほぼ決定事項だ。



(い…っ、嫌すぎる〜〜っっ)



 顔面に集中する熱が、高鳴る心臓が、訳の分からない感情の奔流が、「それ」が、ただ単に「嫌」なのか、「恥ずかしい」からなのかを、曖昧にする。
 紅は、気付かない。


 否、気付こうとしない。隠して遠ざけて、あえて目を背けているから。



「…っ、どうしよう…」
 らしくなく漏れる弱音。


「…くちじゃ、なくても…」


 どこからか(多分天井裏)律儀な助言。
 しかしさっぱりフォローになっては居なかった。
















「……」
 足取り軽やかに紅と別れたラグだったが、一歩進む毎に重くなる足取りを、意識せざる訳にはいかなかった。





 ……キスを。







 紅からのキスを貰えなかったのは、正直今のラグには辛かった。冗談ごとではなくて。
 ああ、キスじゃなくても、握手でも良かったのに。
 
 紅に触れておきたかった。







 …「おまじない」を。



 何よりも心強いそれがあれさえすれば、今から始まる憂鬱な“拝芝はいし”も、自信を持って望めたかも知れないのに。






 たとえ殴られてももっと嫌われても。



 あのこを。
 だきしめて、くればよかった。
















 隠された通りを抜けると、そこはもう見覚えのある回廊だった。
 明かりもなく、ただでさえ日当たりの悪い中庭はどんよりと薄暗く、迫る夕闇を彷彿とさせる。
 あいかわらず素っ気のない、何の感慨も抱けない城だなここは。


 国庫や国民の血税はそのほとんどが王家や王侯貴族の懐へ行き、他は全て軍事力や研究資金に充てられる。
 まあ、ウォッツの国王はいわばお山の大将であって、国という一個の“シンボル”ではない。
 実力を兼ねて上り詰めた国王は、その地位を得ると同時に好き勝手を許されているのだ。そう言う国だ。昔から。
「……」
 しかし、イージス・カイエより遡る、今から約7年前の国王は、それらとは異なる、国民の大多数に支持された英雄王だった。
 強く賢く逞しく、どんな些事も自ら赴き善政を敷き、ウォッツをより良く強い国にしようと尽力していた。
 それから彼がイージスに倒されて以来、再びウォッツは混沌としている。



 その、前後はいい。どうでもいい。構わない。
 イージス自身は嫌いだが、国王としての手腕にはどう言うつもりもない。




 しかし彼は駆逐せねばならない。
 理性と本能、統べてがそう判じたからには。







 そして、その大扉の前に辿り着いた。


 手のひらを添えて力を込めると、ぎ…と軋む音がした。





 今までの道程も、そしてその中にも、見張りは居なかった。誰もいなかった。


 そしてラグは真っ直ぐに、長く敷かれた暑い絨毯の上を淡々と進んでいく。



 長い段の上には、装飾過多な玉座。
 それに、どこか小さくなったように感じる男が座っていた。
 相変わらずの威圧感と尊大な顔立ちは変わらないのに。不思議だ。
 自分の図体が大きくなっただけか。






 そして彼は、来るのが分かっていたという様子で、肘掛けに置いていた手を挙げて、笑んだ。
 彫りの深い顔立ちに皺が刻まれる。
「よく、戻った。5年ぶりか」



 低く、通る声が謁見の間に響き渡る。
 しばしじっと、その男を見上げて立ちつくしていたラグは、やがて慣れた動作でその場に跪いて、こう述べた。



「ええ、ちちうえ」






 

 

 

(2005.4.17)
正確には6年ぶりになるんですが。

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