07 間違いメール
すっかり日が暮れて、気も足も重いなかカゲロウにそれとなく促されて帰路に就いた紅は、明かりのついた玄関先にラグが立っているのを見て仰天した。
まさか。
凍り付く足首から下を、溶かしたのは今朝と何ら変わりのない淡々とした声。
「どうしたの、紅。早くおいでよ」
「……」
その、「元に戻った」ラグの仕草に、紅の奥の何かがじわりと熱を持った。
そして、拍子抜けするほど、安堵して。
「まさかあなた、あれからずっと立っていたの!?」
自分もいつも通りの声で、返せたと思う。そのまま足を進めていく。
「そうだよ。クッキーもスコーンも早く食べたいのに我慢して」
「…あ、えっとその、ごめ……」
生まれて初めて謝罪の言葉を口にするぐらい緊張して、頭を下げようとした紅を、広い腕が身体ごと封じ込めた。
「うわーつめたーい。って俺もだけど。女の子は身体を冷やしちゃダメなんでしょ?」
「……っっっっっ」
いつもの、ラグのふざけ様は、腕の力が緩すぎるためか物足りなく感じるぐらいだったが。
「そのまま立って頭も冷やしてなさいバカッ!!」
「うぐっ」
みぞおちに沈み込んだ肘鉄が、紅に伝えていた。
元通り。
もうきっと、大丈夫だから。
秋がゆっくりと過ぎ、カゲロウとの会話が花から紅葉、珍しい冬の植物に移り変わる頃、砂嵐のアジトに一通の手紙が届いた。
「…To 盤上の同胞達へ。From…」
オレンジのポスト(ウォッツの国柄らしい。フェイでは緑が主流だった)から新聞と薄い封筒を取り出したのは毎日のことながら紅だった。
リビングに向かいながら裏面を読み上げていると、鍼を磨いていたフクロウ(針灸もやるのだ)が声をかけてくる。
「誰からだ、姫?」
「…From曇り空の貴公子」
なんだそりゃ。
「ああそりゃハイメだな」
「ハイメさんですねえ」
その場にいた全員、というか二人だが、満場一致だ。
「えっと、砂嵐のメンバーよね?」
「はい。私と同じく、普段はフォートに住んでらっしゃる方なんですが、しばらく留守にしてらっしゃったので、ご連絡はそれ以来ですね」
「何だまた急だな。普通はローザのところに先に連絡が入るはずだが」
メンバーにはそれぞれ役割分担がしてあって、ローザはサーヴにいながらにして情報収集、連絡中枢といった担当らしい。
「…そういえばローザって、日中何の仕事してるのかしら」
仕事をしながら情報収集もこなすとはただごとではない。
紅はふと疑問に思って、チェストからペーパーナイフを探しつつ呟いた。
「娼婦だよ。姫」
背中から、フクロウの答えがさらりと響く。
紅は思わず振り向いていた。
「ローザはサーヴの高級娼館に勤める売れっ子だ。あそこに来るのは上客が多い。首都トゥエルの情報も、どこかきな臭い動きがあれば仕入れやすい。別にその為だけに勤めてるワケじゃないが」
フクロウの顔は相変わらず前を見据えたままで、それでも、真摯に見つめられている気がする。
「…軽蔑するか?」
「まさか」
紅は即答していた。本心から。
今この時、この国ではきっと、自分と同じ多くの女性が身体ひとつで戦っている。生きて、自分を勝ち取っているのだ。
どうしてそれを、良い悪いと評価出来ようか。
しかしだから、ローザはラグと違って夜戻らなかったりしたのかと納得する。
朝帰ってきて、好きなだけ寝て、紅の煎れた紅茶を緩やかな表情で飲んでくれるローザを思い出しながら、求めるパーパーナイフに指が触れた。
テーブルに戻って、封を切る。メイも掃除の手を休めてこちらへやってきた。
「さて、何事か。あの男のことだから下らない用事かも知れないな」
「そうですねえ。とにかく大袈裟なところがおありですから…」
何か不安になるようなことを言わないで欲しい。
紅が手紙を取り出し、見渡しても何も言われないので、このまま読んでも良いと判断して、文面に目を滑らせた。
「………」
一度黙読して、あまりの達筆さに言葉を失い、ついで内容に困惑したくなる。
「何て?」
目の弱いフクロウのために、音読した方が良いのだろう。紅は震える声を意識して応えた。
「hey!ボクのいとしいファミリー達、元気で仲良くやってるかい?
ボクは今たった一人でエンティ山脈まで資材探しさ!当たり前のようにここにはボク以外は誰もいない!
呪いを受けたザグル達ばかりでとても殺伐で心がすさむね!ここには夢も愛も見あたらないよ!
ああ早くみんなの顔が見たい…ごめん、メイ続き読んで貰って良いかしら」
「ええ、構いませんよ?」
この時ばかりは何も言わずに請け負ってくれたメイが純白の天使に見えてしまった。
「では…みんなの顔が見たいよ。
顔を見なくなってそんなに経っていないのに、目を閉じれば8人…いや7人?カゲロウ君の顔は残念ながらまだ見たことがないからね!7人の顔が鮮やかに浮かび上がって、ボクは毎晩涙をこらえながら眠りにつくんだ。
以下無駄な文章が続いているようなので省略しますね」
「早っ!?」
「こらこら」
あまりといえばあまりなメイの暴挙に、紅とフクロウは即座に突っ込みを入れたが、どちらもそれほど熱心ではなかった様に聞こえた。
「あとは…姫さんを歓迎する言葉と、暑苦しいまでの早く逢いたいラブコールですね。まあまあ、姫さんったら会う前からハイメさんにも気に入られていますよ」
「……」
メイ、その思い切り優しげな声音と同情するような眼差しはミスマッチすぎるからやめて欲しい。
紅は聞かなかったことにして、短くて無骨ながら器用なフクロウの指先に目を逸らしていた。
「追伸・近い内に一日だけそっちへ寄ることが出来るだろう。その時は是非、我がファミリーの末姫にお目通り願いたいね!…だそうですが」
「…ハイメって、どんなひとなの」
すっかり脱力しきって呟く紅へ、
「手紙の通りです」
「手紙の通りだな」
異口同音で追い打ちをかけてくる二人。
「しかし、本当に急だな。わざわざ手紙が来るぐらいだ。もうその辺まで来ているんじゃないか」
フクロウが何気なくそう言ったところへ。
とんとん!!
明るさ楽しさリフレッシュといわんばかりの勢いでノッカーが叩かれた。
「「「……」」」
思わずお互いの顔を見渡してしまう。
「(まさか…)」
「(いや、まさかなあ…)」
「(このまま居留守してしまいましょうか?)」
まさかまさかと言いつつ声を潜めてしまう。
最後のメイの笑顔によるコメントが黒すぎて、紅は苦笑を浮かべた。
「やあ誰かいないのかい!?曇り空の彗星、我が手に添わぬ足は無し、だよ!」
「誰も問いかけしないうちから答えないでください。近所迷惑です」
いつの間に瞬間移動したのか玄関を開け放ったメイが、その訪問者の額へ扇の角をたたきつけた。
「痛いよ、メイ」
「痛いようにしたから当然ですよ」
にっこり、同じレベルの穏便さで微笑み合った男女は次の瞬間は何事もなかったようにこちらへ視線を戻した。
「残念ながら予感的中ですね。姫さん、こちらが6人目になりますハイメさんです」
「あ…」
呼ばれて慌てて席を立った紅は、玄関を通された男とまともに目があった。
思わずその容赦のないいろにひるむ。
灰目( 。
「やあやあやあやあ何てことだい!君が新しい末姫かい!?まるで初夏の日差しのように鮮やかで春咲く花のように可憐なんだね!!ボクのちゃちな想像上の姫君も実物の前では色褪せるよ!!…どうしたんだい?」
思わずフクロウの座る椅子の後ろまで後退してしまった紅は、ウォッツに来て以来最高に怯えているかも知れなかった。
「姫さんを怖がらせないで下さい」
「怖がらせる!?どうして!ボクのどこが怖いんだい?怖くないよ、ボクのどこに君を傷付けるものがあるというんだ。大丈夫だからこちらへ来ておくれ」
「強いて言えば、存在?」
「ええっ!??」
ふわふわ笑顔のまま切り込むメイの様子がいつにも増して冷酷なので、紅はフクロウの横からハイメを覗きこむ。
「姫。そう警戒しなくても良い。見てのとおりだが…気の悪い男ではない」
「そ、それは分かるんだけど…」
紅の視線に気付いたのか、ハイメがこちらへ顔を向けてきた。
ふたたび反射的に身を引きかけた紅は、彼の浮かべる柔らかな笑みに動きを留めた。
ふわり、と、本当に優しげに笑う男だった。
年の頃は20から30ともうしっかりいい大人に見えるが、浮かべる表情の屈託の無さは子供と何ら遜色がない。
「……」
伺うように、紅はハイメの前に身を出した。
しっかりと立って、見上げる。ラグほどある、長身だ。
「はじめまして、ボクがハイメだ」
美男といっていい、端整な顔立ち。少し癖のある緩やかな黒の長髪を後ろで結って、背中に流している。着ている物は旅衣装なのか少し汚れてはいたが、趣味の良さが伺える上等な物ばかりだった。
そして、こちらを真っ直ぐに見つめる、優しげな瞳は灰色。
フェイでもそうそうお目にかかれない、これは紅にしてみれば自分の赤髪碧眼よりも希少価値のあるものだった。
「あ、私は、姫よ。はじめまして」
「ッッッなんて愛らしいんだ!!」
「ぎゃーーーーーーーっっっっ!!!!」
気がついたときにはハイメに力いっぱい抱き締められていた。
自分で抵抗するより早く、次の瞬間にはメイの鉄扇が男に炸裂していて脱出出来たが。
「痛いよ、メイ」
「痛くしたんだから当然です。断り無く姫さんに触れないでください」
また無意識にハイメとの距離を取り、メイに何度もどつかれつつ「痛いよ」で済んでいる彼は相当に打たれ強いと見て、侮れないと思った。
6人目のメンバーハイメは、ラグとはまた違った意味で相手をするのにかなり疲れる。
しかもその被害は砂嵐のメンバーも同様らしいので、尚たちが悪かった。
と、言うわけで、何だか分からないまま日が暮れて、その日一番遅くに帰宅したのは珍しくラグだった。
「ただいまー」
「おかえりキング!!待ちわびたよ君の帰りを今か今かと!!」
「うわ、ハイメ何で君いんの」
両手を広げ、わざわざ倒置法で感激の意を示して歓迎したのに、リーダーの反応はそんなもんだ。
しかし打たれ強さは砂嵐の中では右に出る者がいない男(推測)、ハイメは全くめげなかった。
「帰ってこれたんだよ運良くね!もう明日の朝には露と消える身だけれども!!それでもボクは!!こうして君とふたたびまみえることが出来て嬉しい!!!」
「俺はどっちかというと嫌だよ仕事帰りに君のハイテンションキッツいから」
「それは済まなかったねさあ!!ずずいと暖炉の前でくつろぎ給え!!今日は素晴らしいよ!ボクとローザ嬢の合作・シチューさ!!ニンジンは星形だよ!!」
「あーうん、分かったから少し黙れこの野郎」
「………」
以上、玄関からダイニングに向かいながらの二人の会話であるが、紅は改めてハイメのすごさを目の当たりにしていた。
もしかしてこの人、メンバーほぼ全員からこんな扱いか…?
普段表情がいまいちよく分からないラグまでもはっきり分かりやすく気疲れ1.5倍に見えた。確かに仕事帰りにハイメの相手はキツかろうが。
「ふふ…キングは相変わらず頑張りやさんだね…」
何が嬉しかったのか幸せいっぱいの表情で、ハイメは紅が着いているテーブルに腰を下ろす。
「ん?どうしたんだい末姫。ボクに質問かい?」
視線に気付いたのか、声をかけられた。妙に頬杖と首を傾げる動作が絵になるひとである。
それに、向けられる眼差しと微笑みは本当に優しい。どうやればこんな風に笑えるのだろうか。
「…ハイメ、は、うれしそうね」
みんなから無茶苦茶な扱い受けてるのに。まあ、唯一ローザは対等に渡り合ってる感があったが。
「それは嬉しいよ。またみんなに会えた。あとの4人は残念だけれど。それでもここはボクにとっては居心地の良い場所なんだよ」
「……」
そうか、そうなのか、と。
紅はそうしてハイメに親近感を抱く。
「今日はまたさらに、キミに出会えたしね」
ふわり、と、またやわらかくあたたかくハイメは笑う。きっとこの笑顔だけ見れば、フェイの女の子達の何人もが彼の虜になるだろうなと思うような。
「…私も、嬉しいかもしれないわ」
「ん?何か言ったかい?」
「べつに」
「ああねえそういえばさあ、夕方の便で来てたよ。マスターから」
「え、何うそ、あたしのところじゃなくて!?」
「それはそれは急を要するかも知れないよ!!」
「マスターさんもお忙しい身ですからねえ」
「何だ、今日は手紙万来だな」
シチューを食べ終わった後のリーダーのひとことに、その場の全員が各々反応を示す。リビングも狭く感じるようになったものだ。
紅は何だかしみじみしながら、とりあえず最後のフクロウの言葉に対して頷いた。
「ほら、これ」
ひょいとラグが無造作に掲げたブツに、紅以外の一同は思わず後ずさる。
何てことはない、一抱えほどの小包だ。小包郵便だったのか。
「そういえばマスターも砂嵐の…よね」
首を傾げながらラグに説明を求めると、彼はいつも通り薄く笑った。あの嘘くさい笑みである。
「そうだよ。とりあえず首都トゥエルに籍がある。紅、ちょっとこっち来て?」
「…何よ?」
怪訝そうにしつつも招かれてラグの目の前に膝を下ろす。
辺りの引いてるメンバーから、ごくりと喉の鳴る音が聞こえてきた。
何だ、どうしたんだこの張りつめた緊張感は。
「紅、開けて?」
ぽいと手渡されて、抵抗無く受け取ってしまった紅へ、声が四方から飛んでくる。
「キング、酷いですよ、姫さんを犠牲にするなんて!!」
「そうよ、男のくずよ!!このクズ!!」
「そうだともキング!クズは良くない今すぐ捨てたまえダストボックスへ!!」
「そこの人たち勝手に喚かないでくれるー?あのね、紅、マスターは呪導師なんだ」
リーダー批判を軽く受け流す器量をかろうじて持っているラグは、無視して戸惑う紅へ説明をはじめた。
もしかしてラグがまともに説明してくれるのはじめてなんじゃないかと、紅は一種感動を覚えて真面目に聞き入る。
「呪導師?」
また出た、ウォッツ独特の職業なのか?
「まず、呪導体っていうのがウォッツ特有の、呪いを帯びた状態の、危険なモノや動物を指す言葉なんだけど、呪導師は読んで字の如く呪導体を扱うのに長けたひとのことなんだよ」
「そうなの…フェイでいう呪術師みたいなひとなのね?」
感心したように聞き返されて、ラグはちょっと苦笑を浮かべる。
「ううん。呪術師は普通にウォッツにもいるし。ぶっちゃけ、呪導師として成り立ってるのはマスター一人なんだよね、現状。新しい分野なの。彼が初代」
「……ええ?」
「もちろん砂嵐メンバーだから国からも認知されてないし今有名になられちゃ困るから無名だけどね?でも腕は確かだよ。ってことで、紅開けて?」
「え、えーとあのー」
つまり、どういうことだ?
困惑してラグの顔を見やっていると、横からフクロウが助け船を出してくれた。
「マスターは根っからの研究者で探求者だ。いつも呪導具を発明しては送りつけてくる。成果を試したいと言ってな」
「つまり…」
腕の中の小包を見下ろす。
「もれなく呪い付き」
ラグがぽつりとだめ押し。
「キング、あなたがそんな人だとは思いませんでした」
「ひどい、サイテーよキングってば!男の風上にも置けないわ!!」
「そうだキミはひどい!!了解したら速やかに風下に移動したまえ!!」
「そこの三人俺の教育的指導食らいたい?」
腰に下げた獲物に手が伸びる辺りラグもずいぶん血の気の多い人種だ。とはいえ紅も今回ばかりは三人に黙って欲しかった気持ちが強いが。
何か楽しんでないかそこら。
「大丈夫でしょ?キミなら」
「…あ、そっか」
私は「呪い持ち」だから。
だからって「呪いにかからない」という実証があったわけではないのだが、紅はとたん強気になってぱこぱこと封をされた小包を開いていった。
「開いたわ」
「何が入っている?」
フクロウに尋ねられて、中のものに手を伸ばす。
「待って。あ…」
出てきたのは手のひらにおさまるほどの硬質の物体だ。
四角くて、赤茶色で、真ん中には等間隔な穴が開き、その下に小さなへこみがある。
「なんだい、それは?」
「メモが付いてるわ。ええと」
あなたの言葉を忘れない〜犯人の自白・立証にも使えます〜
お・し・て→ボタン
「……」
ふたたび文面のはっちゃけ具合に脱力した紅の横からメモを覗きこんだラグが、ふむ、と頷いて。
「良し、押そう」
あっさり押してしまった。
「ちょっと、いくら私が持ってるからって…」
『拝啓、砂嵐のみなさまいかがお過ごしでしょうか』
低くて渋みのある声が物体の穴から発せられた。
「!???」
「うわ、驚いた。マスターの声だよ。声が出るの、これ?」
物体は続いて語る。
『最近めっきり季節も冬めいて、おナベが美味しいですねーって、まあ挨拶は良いよなあこんぐらいで。よ、しばらくしてる。俺だ。みんないるか?一人ぐらい死んでねえか?まあ生きてるものとして、お前らにこれをくれてやる。ぶっちゃけ録音機だ。上書きして一種類だけだが結構な長さの音声が録音・再生可能だ。どうだ凄いだろう俺様天才だろう。もともと呪導体のラジオいじって作ったんで曰くありげだが大目に見ろ!!俺ももうじき準備が整う。春の花を肴に、みんなで呑みたいもんだな。じゃ、そういうことで。達者でな』
ぶつり、と音がして、声は聞こえなくなった。
「な、何今の…」
紅は今喋っていた物体を凝視したまま微動だに出来ない。
「んー、マスターは呪導具の中でも“キカイ”っていう、遺産発明に命捧げてるからねえ。本当はもっと制限とかあるはずだけど、紅が持ってれば大丈夫みたいだよ」
しみじみとした声に言われてラグの顔を見上げる。
「じゃあ、それは紅が持ってればいいじゃない。ちょうど良いわ」
「え、ちょっと待って、何よそれ!」
「そうだね。マスターにしてみれば紅は呪導具の天敵ってコトだ。や、使用適任者の間違い?」
押しつけられるように決定してしまい、ラグの顔と録音機を交互に見ながら、戸惑う。
こんなもの持ったことないし、第一使い方も分からないのに。
「だいじょーぶ。ちゃんとそれ使って貰うときが来るよ。春の日に、紅に手伝って欲しいことで、かなり役に立ちそうだよ?」
「えっ」
何気なく振られてラグの顔をふたたび見上げる。
はじめて、計画の一端について話してくれた。
その事実に大きな驚きと、微かな安堵。
「…分かったわ。それまで大事に、持ってればいいのね」
「うん、よろしく」
頷いて、何だか照れくさくなって顔を伏せて、両手で持った録音機を見つめた。
「そういえば、マスターって…」
「あの声の通りよ」
「あの声の通りだね」
今度はローザとラグの異口同音である。
やっぱり結局濃いのか…。もうそろそろ慣れなくてはと思うが。
ウォッツ国、首都トゥエルの詳細な住所の書かれた小包を見て、紅はふともらす。
「手紙、出せないかしら…」
「え?」
「フェイに、私は無事で、春には戻るから心配しないでって、せめてそれだけでも出せないかしらって」
まっすぐに、紅とラグの目があった。
逸らさずに、普通にそうしたこと自体がはじめてな気がして、意識したとたん紅から顔を背けてしまったが。
「構わないだろう。こちらの住所を書くわけにはいかないが」
答えたのはラグではなくフクロウだった。
見やると、良いけどとあっさりとした了承。
「永久就職しましたって書いても良いよ?」
「…うさんくさいムチ男に拉致監禁されてますって書こうかしら」
ああもうこの男やっぱりどうしようもない。
ハイメを見たとき、ラグが実はまともに見えただなんて絶対言わないでおこう。
そして故郷へは、心配しないでときちんと書こう。
居心地のいい場所で、大切に保護されているからと。
(2005.2.6)
日常の話がすきだ